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2005/12/12

高徳院(鎌倉の大仏)

鎌倉から江ノ島電鉄、通称「江ノ電」に乗って3駅目。「長谷」駅下車。帰りに並ばぬようすぐ帰りの切符を購入。落とさないようにする事としまい場所をしっかり覚えておかねば・・・。

今年のGWに子供とは大仏様を見ているが、夫は小学校の修学旅行以来行ってないというのでまた行く事にする。長谷寺を通り過ぎ、長谷駅から徒歩でおよそ10分。高徳院に到着した。ここも人がいっぱいだ。

高徳院

露座の阿弥陀如来坐像(大仏)が本尊で、鎌倉唯一の国宝仏。創建当時は極楽寺の忍性(にんしょう)<僧名>などが別当を務め、建長寺の管理となった時期もあった。顕誉祐天が中興して以後は浄土宗となったりしたが、開山・開基は不明。

kamakura_daibutu 鎌倉大仏は、像高約11m。台座を含めると約13.35m。顔の長さ2.35m重さ121t。当初大仏は木造だった。建長4年からは金銅製の大仏の造営が始まる。完成した時期や発願者ははっきりしない。造営当初は大仏殿に安置されていたが相次ぐ天災の被害で倒壊と再建をくりかえし、明応7年(1498)の大地震と水害で倒壊して以降は露座のまま現在に至っている。関東大震災にも倒れる事は無かったが、国宝保護のためS30年に補強され、免震構造が施されている。

回廊の裏手に与謝野晶子歌碑がある。「かまくらや みほとけなれど釈迦牟尼(しゃかもこ)は 美男におわす夏木立かな」 大仏をお釈迦様と勘違いしたらしい。大仏は阿弥陀仏である。

夫は大仏を見て一言。「小学生の時大仏を見て、でっかいなーと思ったが、そばで見ると意koutokuin 外と小さいんだなぁ」と。自分が大きくなったからか?とも分析していた。与謝野晶子が歌っているようにお顔は誠に美しい。昔は金箔で塗られていたそうだ。まさにこうごうしかった(光剛しかった??!)でしょうね~。回廊脇のイチョウの木が鮮やかな黄色に色づいてました。

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コメント

おはようございます。GWの鎌倉はバタバタした感じでしたが、今の鎌倉はブログ上では穏やかに感じられます。本当は観光客の方でいっぱいなんでしょうね。旦那さんとだからかな(⌒m⌒)
CASA VERDEさんのところも覗いてきました。おいしそうなケーキが!朝からは目の毒でした。
めっきり寒くなって来ました。人の事は言えませんが、風邪などひかぬようにしてくださいね。

鎌倉の大仏様ってかわいい童顔ですよね。もうずーっと前、子供達が小さかった頃行きました。すごい渋滞を覚えてるんですよね。実朝が公暁に殺された石段なんかもう覚えていないのに。不思議なことに、兄の持っていた歴史の絵入りの本の待ち伏せする公暁の光景が絵から頭にはしっかり入っています。現場のことはわすれてしまって申し訳ない。

▽カヅ君へ
わぁ~、本当にお久しぶりです。元気でしたか?
本当は平日に行く予定が都合悪くなり、グズグズしてると紅葉も見られなくなると思い、混むと承知で土曜日に出かけました。朝のうちは少なかったけど、昼頃から人が多くなりました。でもGWに比べたら比ではない混み具合でしたので、良かったです。
「CASA VERDE」さんには常連と認めてもらいました(笑)ブログに私の名をあげてくれたりしてくれてますので。
何度行っても、同じケーキに遭遇したこと無いんです。みごとなバリエーションです。ホントに食べたくなります。出かけるときはブログのケーキの写真を確認してからお店に出向いてます。

▽ももりさんへ
ももりさんは、昔、京都から車で鎌倉にいらしたんですか?すごい!鎌倉周辺は道が狭いし、渋滞も多いので千葉の私でも電車で行ってます。
大仏様も、ももりさんから見るとかわいい「坊や顔」に見えるのですね、フフフ。ももりさんらしいです。
公暁が実朝を暗殺しようと影に入って待っていた「大いちょう」の木とその石段は、「鶴岡八幡宮」の記事に写真を載せてますから、覗いてみてください。写真の上でクリックすれば画像がおおきくなりますので・・・。思い出されたかな?

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