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2006年2月

2006/02/28

30年を2時間半で・・・

今朝、たまたまつけたTV「とくダネ!」に「サトウキビ畑」がヒットした森山良子さんが出演していた。団塊の世代の司会・小倉智昭さんが団塊の世代だからわかるとってもいい歌ですと盛んに薦めていた。森山良子さんとは同じ年齢だとのこと。彼女のコンサートでしか聞けないフルで9分にもなるその歌の題名は「30年を2時間半で・・・」というもの。今回、TVでは初めて歌うというこの歌を「」で歌った。小倉さんが薦めるとおり、そのシツエーションと言い、歌詞といいなかなかいい。半分語りと言うかお芝居のような台詞が入り、この部分は女優の顔を持つ森山さんの演技がとってもうまく、かつなんだか綾小路きみまろさんみたいなノリで笑えるし、でも女心を言い得ていてその心情がとってもわかる歌詞。また、森山さんの歌唱力で気持ちがとっても伝わってくる。 (私は団塊の世代よりももうちょっと若い世代です><;)

50歳の半ばを過ぎた女性があるデパ地下で偶然にも30年まえの恋人に遭遇する。しかも手には「ドロつきごぼう」を持っているときに・・・。相手はまだ気が付いていないが、声をかけようかかけまいか?今の自分の姿を嘆きながらも、心ときめいてしまう・・・。はてそのあと彼女はどうしたか?

その歌をお聞かせできないのがとっても残念です。何でも、森山さんはその曲も入ったアルバム「あなたが好きで」を出されたそうです。まあ、その宣伝も兼ねてかも知れませんが、「30年を2時間半で・・・」と言う歌はもう一度聴いてみたいと強く思いました。機会があったら、是非聞いてみてください、笑いの中に切なさが伝わってくるいい歌ですから・・・。

インターネット検索でその情報が載ってました!

sanspo_com 歌の中で育った…森山良子6年ぶりアルバムで愛の形

2006/02/26

英語漬け!

eigozuke 英会話を習ってますが、上達してるのか?って疑問。英語に触れる時間が少ないのが原因だとはわかってます。そこで、藁をもつかむ心境で、今はやりの大人のDSトレーニングソフト「英語漬け」を購入しました。本体のDSは次男から借りてtrainingおります。

これは、ネイティブの発音を聞き取り、文字で書き表すものです。レヴェルごとに達成されるとご褒美のスペシャル画面も登場。遊び感 覚で気軽に空いた好きな時間にできるのが魅力。私の今の課題は、文章を言われたときの語尾と語頭がくっついて発音されると聞き取れない。それに単語は知っていてもスペルをずいぶん忘れているってことも気がつきました。できなかった問題は自分の記録に集められ、何度でもやり直せます。これをマスターしたから英会話ができるようになるとはあまり期待しませんが、少しは聞き取りが上達できればいいな?と楽しんでやっているこのごろです。

たまには♪クラシック♪を

先日、新聞の折込チラシに新聞店のチラシがありました。地域の新聞店が主催する芸術関連のチケット。今回は「楓」弦楽四重奏団(芸大卒のチーム)のコンサートです。それもわずか¥800で。若いころはクラシックコンサートに何度も行った事あるけど、本当に久しく生でクラシックを聞くことがなかったな~。そこですぐ問い合わせてチケットを購入。そして出かけてきました。

concert ピアノやオーケストラはありますが、弦楽器だけのコンサート<今回は第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ>は初めてです。場所は車で20分ほどで行ける東金文化会館。まあ、田舎でのクラシックですからアットホーム的で、ホールに入ると関係者がマイクで「この辺、空いてますよ~」などと案内してます。ほぼ満席の周りを見ると、「綾小路公麻呂」のステージを見に来たかと思うほどの中高年層が圧倒的でした(笑)

プログラムは今年生誕250年のモーツァルト曲が中心で前半「ディヴェルティメント KV.136mozart  ニ長調」フルートを加え「フルート四重奏曲 KV.285」休憩を挟んでヨハン・シュトラウス「美しき青きドナウ」「ピチカートポルカ」「春の声」と一般的によく聞くポピュラー曲を織り込み、最後はまたモーツァルト「弦楽四重奏曲 KV.428 変ホ長調」でしめる。曲の解説をわかりやすく載せたパンフもあり、第1バイオリンの執行(しこう)恒宏さんが曲の合間にトークをしてくださり堅苦しさのないとても親しみやすいコンサートだと思いました。

panf 弦楽器って、木製のせいかとても暖かく感じるし、またベースが主な担当のチェロも少ない音量に幅を持たせてその暖かさも倍増させている気がしました。演奏された曲目は明るい長調の曲が多く、一足早い春のイメージのコンサートでした。アンコールはまたフルートが加わりヴィバルディ「四季」の「冬」。私の好きな曲でした。もっとアンコールの曲を演奏して欲しかったな、残念。でも久々にとっても気持ちよく生の音楽を聞いて、うちに帰ったらもっとクラシックを聞きたくなりました。やっぱり、生演奏っていいな、そして音楽って素敵

2006/02/25

私のお雛様

ohinasama ♪灯りをつけましょぼんぼりに~ お花をあげましょ桃の花~♪ この数日、「ひな祭り」のオルゴールをかけながら、お雛様を眺めてます。うれしい至福の時です。

実は私は自分のお雛様がありませんでした。いい年をして、今更「お雛様」が欲しいなんておかしいと思われるかも知れません。毎年この時期になるとお雛様のチラシや買い物に出た先のスーパーの特設展示場などでお雛様を目にするたびに昔ながらの衣装をまとった人形が素敵だなーと感じてはいました。皮肉にも我が家の子供は息子ばかり。こいのぼりはあるけどお雛様はありません。年をとったせい?ここ10年くらい前から自分もお雛様が欲しいな~と強く思うようになってきたんです。でも、その頃は何段飾りとか豪華なものが主流。購入するお金も飾る場所もないし・・・。木目込み人形で手作りする雛人形もあるようでしたが、私は手先が不器用ではたして飾れるものなどできるのか?って思いあきらめてました。ここ数年、何段飾りはすたれ始め、最近はコンパクトに女雛雄雛だけのものが主流になってきて、これなら手ごろな値段で場所も取らないとますます欲しくなってきたんです。そして、昨年のブログ(3月4日付け)←<クリックしてスライドバーをドラッグして一番下の方の記事です>に購入しようか?なんて記事を書いてます。そして、夫の了解も取り、先日勇んで買いに行きました。ピンからキリまであるけど、安くてホコリもかぶりにくいものにしました。展示してある中では一番安いものです。それでも私にとっては充分綺麗だと思うし、満足してます。この年にして初節句を迎えた気分で(爆)毎日「私のお雛様」を眺めていると言うわけです。

*「雛祭り」のオルゴールは購入の際についていた「御名入立札」の裏についていたものです。また、コードが付いていて、ぼんぼりに電気の「灯」も入れられるようになってます。

2006/02/21

最近見た映画から

ここ1ヶ月内に映画を見る機会があった。まずは「Always・3丁目の夕日」、続いて「博士の愛した数式」、最後に「THE有頂天ホテル」。どれも秀作ぞろいでした!

Always 3丁目の夕日

昭和30年代の東京が舞台。集団就職でごった返す上野駅。建設中の東京タワー。土の見える路地。駄菓子屋。オート三輪。そして、木でできた氷で冷やす冷蔵庫。初めてのTV購入。まだまだあの頃にあったものが目白押し。どれもそうだ、あったあったっていうものがたくさん出てきます。そして、人間も貧しくても生き生きとしていたし、隣近所もなんだか暖かい人情に溢れていた。この映画でたった一つの不満は、電化製品で登場させて欲しかったものがあったんだけど・・・。それは濡れた洗濯物を二つのローラーにはさんで水分を搾り出す脱水機つきの洗濯機が見たかったな~。30年代の代表的家庭電化製品ではなかったかな~とおもうんだけど・・・。あと、天井に止まったハエを取るハエ取り器なんかも思い出しました。これはあの頃を体験した人でないとわからない映画じゃないかな~。

博士の愛した数式

交通事故の後遺症で記憶が80分しか持たない数学者。そこに派遣されたシングルマザーの家政婦そしてその子供(博士に√と呼ばれる)。その3人が織り成す暖かい交流を描いた心温まる映画です。もともと私は映画「半落ち」、TVドラマ「優しい時間」を見て、寺尾聡さんの演技にファンになってました。今回も期待を裏切ることなく博士役はぴったり。さすが名俳優・故宇野重吉さんの息子だと感じました。難解で敬遠されがちな数学ですが、博士を通していろいろな数学用語が語られますが、心底数学をいとおしむその説明に感動を覚えると同時に、数学に新鮮でかつ温かみを感じさせてくれ、あらためて数学の不思議な世界を教えてもらった気がしました。こんな先生に教わっていれば私ももっと数学が好きになっただろうな・・・。「階乗」「完全数」「友愛数」←この2つの字の上でクリック!「素数」「オイラーの数式」。特に印象に残ったのは「友愛数」。なんと素敵な用語でしょう!映画の中で博士が家政婦に「誕生日は?」と尋ねます。「2月20日です。」すると、博士が大学を主席で卒業したときに記念に貰った腕時計を見せ、裏に記された№284を指します。「あなたと私は友愛数だね!」と。220の約数(220自身の約数220は除く)をたすと284になり、284の約数(284自身の約数284は除く)をたすと220になるそうで、こんな関係の1組を「友愛数」と呼ぶのだそうです。この映画は博士と交流した思い出をその後数学の先生になった√が初めての授業で話して行く形で進みます。また、それを演じた吉岡秀隆がいい味を出してます。3丁目の夕日にも出演、ここでも存在感ありました。

THE有頂天ホテル

三谷幸喜の脚本。三谷さんの作品はとにかく単純に笑えるから好き。最近新作の上映にutyouten_siawaseningyou 合わせてTVで以前の映画2作を放映していて、非常に楽しかったので、この映画も期待してました。

俳優陣に豪華キャストを揃え、新年を迎えるまでの2時間のホテルの従業員、訳あり客の悲喜こもごものドタバタを飽きさせることない展開で進めていく。冒頭に新年を迎えたら、たらす予定の垂れ幕が出来上がり、試しに広げると「謹賀○○」(見てのお楽しみ)でドット受ける!作り直しに時間がなく、急きょホテルの筆耕室に頼む。そこから出てきたのは地味で暗そうな男性。なんとオダギリジョーが演じている。三谷さんはいつも意外なキャストを登場させる。主役の役所公司さんにもコメディアン的要素を盛り込んだりと、いつもハッとさせられる。全体に男性人がなんと、こっけいで子供じみている事か!三谷さんは男性をなんと人間的で愛らしいものだと描きたかったのか?逆に女性は皆しかっりしていて今の時代を映し出しているのか?それぞれのエピソードが絡み合い、最終的に見事に終結していく。タレントのYOUさんはかつて歌手だったと聞いてはいましたが、あんなに歌がうまいとは?初めて聞きました、彼女の歌声。とにかく、理屈はどうあれ、劇場で大きな声を出して笑える楽しい映画でした。

こんなブログありました!ブログ THE有頂天ホテル

2006/02/18

お家レストラン kikuchi

今日は八街にある隠れ家的レストラン<キッチンkikuchi>を紹介します。

その店は住宅街の中にある普通のお家のレストランなんです。目立つような看板も無く、口コミで広がったうわさのお店。ここは、予約制で平日のランチだけ食事ができるレストランなのです。今回は英会話教室ALS八街校のお友達とその受付のWさんの4人で出かけました。数年前知って、今回で3回目の訪問。予約は1ヶ月ほど前にしないと取れない状況です。それほど人気のレストランなんです。

kikuchi_gaikan まずは外観がこれ。全く普通のお宅でしょ?でも、お家の2階がレストランになってます。

今月のお品書きはこれ。kondate 食前酒は数種類の中から、私はかりん酒を選ぶ。ちょっとノドがいがらっぽくて咳が出やすかったから・・・。なんと他の皆はノンアルコールの飲み物頼んでた!私が一番のん兵衛みたいな形になってしまう。ただ咳に良いといわれる「かりん」に惹かれただけだったのに・・・。本日は友人の車に乗せてもらってるからヨシとしょう。飲んでみたら、とても甘くて飲みやすい。ゴクゴクいけてしまう(><;普段は下戸な私なのに(笑)

続いてメインディッシュが出てくるのですが、食べる事に心が奪われ、つい写真を撮るのを忘れがち。すべて、食べてる途中で撮ったものです。量が少なくなってる部分が多いのはお許しを!2 メニューの3番、「かぼちゃとソーセージのキッシュ」これが一番おいしかったの34に、撮り忘れてしまいました。お見せしたかったのに(;;)・・・けっこう量があって、後半お腹いっぱいになってしまった~。そんな時は持ち帰れるように「お持ち帰りケース」を用意してくれてますよ。主婦にとってはありがたいサービスだなぁ。食事中は例によって、英語の上達方法はどうすれば?と後半はディズニーランド&シーの話で盛り上がる。でも、我が家は子供も大きくなり男のせいで全然興味ないから私はこの数年行きたくても行ってない。話題についていけなかった~。だれか私をディズニーに連れてってーーー!!

清算(消費税込¥2520)を済ますとおみやげに手作りクッキーをくれます。また、誕生日月のリピーターにはお皿がもらえます。予約してくれたSさんはラッキーにも誕生日月で貰ってました。そうそう、このレストランでは素敵な手作り食器(モダンで渋い和食器)も売られてます。予約はインターネットでもでき、また、オーナー兼シェフはブログもお持ちです。見に行ってみてくださいね。

予約制ランチレストラン kikuchi 

店長のブログ 笑顔レシピ

お気に入りの器たち 陶鈴

genkan このお家はトイレもきれいにされてて、そして玄関もこの通り。おかれた黒石は那智黒の石?磨かれているのかとてもつやがありました。

「ごちそうさまでした!

2006/02/12

皇居東御苑

読者審査を終えたのが3時前。先日この地を訪れるのに地図(インターネット)で見ていたら皇居に近いことがわかりました。天気も良かったのでちょっと散策して行こうかと帰りによって見ました。新聞社から一番近い「大手門」まで歩いてほんの数分。

学生時代に都内まで通っていたのに皇居には一度も足を踏み入れることはありませんでしootemon た。初めて訪れます。大手門は今改装中でした。 入園は無料ですが、入り口で入園券のラベル(プラスチック製)みたいなものを渡され退園の際に返すようになってました。

皇居と言っても相当広く、私が訪れたのは「東御苑」というところ。時間の関係でその中のほんの一部分だけを見てきました。年度末ということでこの中も工事中の建物・道路がけっこうありました(笑)

bansyo  百人番所 tourou江戸時代、明治時代とその頃から警察の警備がなされていた事を物語ってますね。

今は冬枯れている雑木林がありましたが、ここは昭和天皇の提案で武蔵野の林を再現さ れたものと記されておりました。そういえば昭和天皇は植物にお詳しかったですね。その林にちょっと変わった燈籠がありました。

その先に「二の丸庭園」がありました。ninomaru_teien teien_2 teien_3 suwa_no_tyaya

諏訪の茶屋

もっと散策したかったのですが、そろそろ帰路に向かわねば・・・。大手門から遠く「東京タワー」がかすかに見えるショットootemon_kara 。内堀どおり沿いを歩いて東京駅方面に向かう。TVで目にする事のある皇居の周りを走るジョガーが見受けられました。

あとで調べたら、この付近の堀は「桔梗濠」と呼ばれる。まhamaguri_hori た、桔梗門そばのこの写真は「桜田二重櫓」と呼ばれる箇所?です。

ここから、内堀通りを渡りまっすぐ4~500メートル歩くと東京駅に着きました。toukyou_eki

ほんのちょっとの見学でしたが、皇居といっても、やはり江戸城の名残りが非常に強い場所なんだと思いました。

いつかしかっり皇居を見に来よう!

週末ウォーキング・皇居東御苑←クリックすると詳しく載ってますよ!

2006/02/10

相田みつを美術館へ

tokkyuu_nai 実は2月4日に上京する時、めったに東京に出る機会はないので読者審査員の仕事以外に行って来ようと思った場所があります。昨年の夏、NIFTYのBBフェスタに参加した折に同じ国際フォーラム内に「相田みつを美術館」があったので、いつかは訪れたいと思ってました。丁度、讀賣新聞社のある大手町と国際フォーラムのある有楽町は近いので所定の時間より早くつくように出かけたのでした。

特急に乗り、八街からは東京駅に1時間余り。国際フォーラムは有楽町のkokusai ほぼ前にあります。まだ美術館オープン前でした。しばらく待ってましたが、その日の一番のりと成りました。後ろはどちらかの団体ツァーの方たちでした。   国際フォーラム「太田道灌」銅像前→

mituwo 現在は<「めぐり逢世界>と言うテーマの展示になっておりました。

ひとつひとつの作品の前に立ち、文字を心で読んでかみ締めてみる。どれも深く、身につまさせられる言葉ばかりだ。相田みつをさんは書家で詩人である事、有名ないくつかの詩も聞いておりましたが、詳しくは知りませんでした。途中に略歴が書かれてありました。

ある歌人を師事し、歌を習っていた事。さらにその歌会で、ある僧侶と知り合い仏教を学ぶ。在家で仏教活動もされていたと在り。それでなるほどと思わされた。仏教を学んだのでこのような詩を書かれたのだと。

さらに講演された本人の声の一部をいくつか流しているコーナーもあり、その優しいお声と説得力のある話し方で聞き入ってしまった。もっと最後まで聞きたいと思うほど(ある講和の一部分だけなので)目の前にはご本人が長年作品を仕上げるのに使用したあちこち墨で汚れた大きな台が置かれていた。今にも本人がそこで作品を書き上げに姿を現すのではないかという錯覚が起こる気がした。相田氏は1991年に亡くなられている。享年67歳。

1時間ほど見て回った。なんだか心が洗われたみたい。そして元気を貰ったような気分がし ました。最後に売店でいくつか購入。「ひとりしずか」トイレ用日めくり とタイトルのないポストカードを購入しました。それはこれです。私も死ぬまでにこんな生き方をしてみたいと願います。

post_card ←画像の上でクリックして見て下さい。大きくなり文字が読み取れます。

相田みつを美術館  

みつをーTV

↑興味のある方はHPを訪問してみてください。

めぐりあい

あなたにめぐりあえてほんとうによかった

ひとりでもいい こころからそういってくれるひとがあれば

                  みつを

2006/02/06

讀賣広告大賞の審査!!

2月4日(土)に待望の「讀賣広告大賞」の読者審査員として讀賣新聞・本社に行って参りました。前記事に載せたように祖母が亡くなったばかりで、本来は喪に服しておるべき期間かも知れませんが、これはほぼ1ヶ月前からの予定(知らない方は私の1月16日の記事をお読みくださいね!)ですし、こんな機会はめったには経験できる事ではないので決行する決断を下しました。お婆ちゃんにはその当日の朝に線香を上げてまいりました。「お婆ちゃん、ゴメンネ。行かせて貰います。お許しください!」と。

toukyou_eki 讀賣新聞社本社は地下鉄の大手町で降りてすぐの場所ですが、インターネットの地図を見たら東京駅からでもそれほど遠くないので地上を歩いて向かいました。ただし、この日は寒くオフィス街を歩くとビル風があり、たいへん寒かった{{ (>_<;) }} サムーッ!

sinbunsya_iriguti 新聞社のビルに入ると9階に上がるように指示される。9階に降りると受付があり、審査票をはさんだバインダーとボールペンを渡される。別室にコートや手荷物を置いて、すぐ審査が始まる。私は最初に審査の仕方や説明の時間があるものだと思っていたので拍子抜けした!確かに送られてきた書類の中に「審査マニュアル」が添えられており、あらかじめそれを読んでおくようにという但し書きがありましたが・・・。

ホールはほぼいっぱいの審査員で埋まっていました。確かすいている部門から審査をしてくださいという記述があったなと思い出し、すいている箇所を捜す。どこもすいていない気がしたけど(><;  審査する作品は壁に貼られていて、部門ごとに部屋も違うと思ったがそうではなく、ホールいっぱいに長テーブルが学校の教室のように並べられ、部門ごとにパッチされた作品が順番に並べられている。審査員は流れ作業のように椅子のないテーブルとテーブルの間を横に進んでいく。

審査方法は非常にそう思うは1、まあそう思うは2、あまりそう思わないは3、そう思わないは4をシートのマスに記入讀賣新聞社では、単なるデザインの美しさだけを評価するのでなく、ライフスタイルの提案や生活を豊かにする情報提供をする<読者に役立つ広告>に対して送られる賞と考えているそうで、

クリエイティブ性 ①アイデアが新鮮で面白い、②印象に残る、③きれいで見やすく、センスがよい

情報性 ①内容がよくわかり、理解が深まった、②役に立つ情報が得られた、③共感でき、信頼感が深まった

全ての作品一つ一つに上の6項目を4段階で評価していくのですから、容易ではありません。はじめは慎重になります。でも、全部で190の作品を見ていくのですから時間が相当かかってしまうなぁ、できるかしら?と不安に陥る。周りを見回すと皆さん、審査がすごく早い気がした。しかもテーブルと後ろのテーブルとの間隔があまり広くないのでじっくり考えてsinsa_kaijo しまうとうしろがつかえてしまう。マニュアルの注意書きを思い出した。第1印象で答えてくださいと書かれていたことを。そうは言っても、情報性は書かれている文章を読まねば判断できません。この点は評価が難しいところだと感じました。途中からは時間をかけても大丈夫な空いてる箇所を捜して評価しました。その頃にはだいぶ審査を終えた方が多かったかガラガラになってました。

中にはそういえばこの広告見たことあるな~とか、へ~面白い広告もあるんだな~とか在ります。広告のいい悪いは別にして、見ているうちに広告を考える各企業の方のご苦労などを考えるようになりました。そして、一読者になって考えたら、新聞の記事と違って広告はじっくり読む人は少ないので、クリエイティブ性は当然だが、情報性は短い文章で情報が伝わる広告の方が優れているのでは?と思えました。

讀賣新聞社のこの企画の事務局に対しては、評価の仕方も画一的には割り切れるものではないし、この評価で正しい評価が下せるのかも疑問に思えた。特に情報性の中の項目に②役に立つ情報が得られたかや③共感でき、信頼感が深まったとあるが、その商品や企画に興味がない物であればどんな情報も役に立つとは思えないし、増してや信頼感なんて沸くはずもない。公平に評価する事は絶対に難しい。今後の課題にしていただきたい。

審査にはおよそ2時間半くらい掛かりました。やや下向きに立ち通しだったため、腰がたいへん疲れました(´ヘ`;) いずれにしても、読者代表の一人としてこのような企画に参加できたことたいへんうれしく思います。最後に審査のシートの記入漏れがないか確認してもらい、ありがたい謝礼を頂いて帰路につきました。早く審査の結果を知りたい。速報は3月8日朝刊にて発表。作品は4月下旬に載せられるとのこと。結果が楽しみだ!

2006/02/01

大往生

先週、夫の祖母が亡くなりました。なんと、99歳でした。

今までブログでは一度も紹介していなかったお婆ちゃん。ここ数年は入院や介護施設に入所しておりました。

お婆ちゃんは明治39年6月生まれ。九州生まれ。私は孫の嫁の立場で、あまり詳しくは知りません。何でも若い頃はご主人と台湾で海運業を営んでおり羽振りも良かったと聞いてます。ところが第二次世界大戦が始まり、本土に帰って来て日本の敗北。ご主人と台湾で築いた財産も没収となり、日本では無一文の再スタートとなるわけです。それからはどんな仕事をされたのか私にはわかりません。お婆ちゃんには子供がなく台湾で養女を迎え、それが今は亡き、夫の母です。お婆ちゃんのご主人はその後50代後半に亡くなってます。そして、唯一の養女も若くして癌に侵され、40代でこの世を去りました。私の義母に当たるわけですが、夫と知り合ったときはすでに数年前に他界されており、会った事はありません。

八街に新居を立て、夫の父親、お婆ちゃんとも同居することになりました。私にとっての義父は婿に入った者です。家族の悪口を言いたくありませんが、お婆ちゃんと義父は以前から折り合いが悪い関係でした。なので、子供のないお婆さんの面倒は、孫の嫁の私が見るしかありません。まだ、元気な頃は、2歳前くらいの次男(つまりひ孫)を公園に良く遊びに連れて行ってくれたものでした。手を引いて公園に歩いていく二人の姿は今でも目に浮かびます。

平成18年2月6日(月)追記

お婆ちゃんはたいへんしっかりした人で最後まで呆けることはありませんでした。同居した当時は、80代半ば過ぎでありましたが、新聞を大きな虫めがねで読んでいる光景を目にしました。昔の記憶も鮮明で話もしてくれました。また、足腰も丈夫で、この近辺にはお店がなく1㎞ほどの商店へシルバーカーを押して買い物に出かけてしまいます(いつの間にか出ているので気が付かない事よくありました)。働き者でもあり、自分の部屋はもちろん部屋のそばのトイレまで掃除をしてくれたり、庭の草取り、さらに団地内の道路の草取りまでやってくれて近所の人に感謝されておりました。先日、お婆ちゃんの部屋の整理をしておりましたら、和裁の折りたたみ台のようなものが出てきたし、作ったと見られる着物や浴衣もあkame りました。洋裁もこなしたようでまだ手をつけていない布地が何枚も出てきました。器用な人だったんだと思います。こんな物も出てきました。それは5円玉をきれいな金子の混じった紐であんだおめでたい亀の飾り。まだ、大量の5円玉と使用してない紐もあります。これはお婆ちゃんの形見として部屋に飾っておこう!そう、考えてます。

お婆さんの後年の言葉で私の頭に残っているのは、「生きるってことは辛いことの方が多い。早く死にたいもんだ!」って。お婆ちゃんの人生は確かに波乱万丈。お葬式で集まった親戚の人たちが言うには、このお婆ちゃんはなかなかのしっかり者であったと誰もの口から出てきます今となっては遅いのですが、私ももっとお婆ちゃんの苦労話や人生訓を聞いておけばよかったな、と。話す機会が少なかったととても悔やんでおります。

お婆ちゃん、ごめんなさい!もっとお婆ちゃんの寂しさや苦労を汲んであげて会話をすればよかったね。そして、お婆ちゃんからたくさん教えてもらいたかった!私はそんな余裕もなくて自分の事しか見ていなかったと思います。本当に未熟だったと思います。

これからは、天国で娘さんと旦那さんと心安らかにお過ごしください。お婆ちゃんの偉大さはいつまでも私の心の中に刻んでおきます。

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