フォト

最近のトラックバック

ひなたぼっこ掲示板

  • ひなたぼっこ掲示板
    記事のコメント以外に何かメッセージなどありましたらこちらへどうぞ!お待ちしております(^^)/
無料ブログはココログ

« 雪のおきみやげ?! | トップページ | 讀賣広告大賞の審査!! »

2006/02/01

大往生

先週、夫の祖母が亡くなりました。なんと、99歳でした。

今までブログでは一度も紹介していなかったお婆ちゃん。ここ数年は入院や介護施設に入所しておりました。

お婆ちゃんは明治39年6月生まれ。九州生まれ。私は孫の嫁の立場で、あまり詳しくは知りません。何でも若い頃はご主人と台湾で海運業を営んでおり羽振りも良かったと聞いてます。ところが第二次世界大戦が始まり、本土に帰って来て日本の敗北。ご主人と台湾で築いた財産も没収となり、日本では無一文の再スタートとなるわけです。それからはどんな仕事をされたのか私にはわかりません。お婆ちゃんには子供がなく台湾で養女を迎え、それが今は亡き、夫の母です。お婆ちゃんのご主人はその後50代後半に亡くなってます。そして、唯一の養女も若くして癌に侵され、40代でこの世を去りました。私の義母に当たるわけですが、夫と知り合ったときはすでに数年前に他界されており、会った事はありません。

八街に新居を立て、夫の父親、お婆ちゃんとも同居することになりました。私にとっての義父は婿に入った者です。家族の悪口を言いたくありませんが、お婆ちゃんと義父は以前から折り合いが悪い関係でした。なので、子供のないお婆さんの面倒は、孫の嫁の私が見るしかありません。まだ、元気な頃は、2歳前くらいの次男(つまりひ孫)を公園に良く遊びに連れて行ってくれたものでした。手を引いて公園に歩いていく二人の姿は今でも目に浮かびます。

平成18年2月6日(月)追記

お婆ちゃんはたいへんしっかりした人で最後まで呆けることはありませんでした。同居した当時は、80代半ば過ぎでありましたが、新聞を大きな虫めがねで読んでいる光景を目にしました。昔の記憶も鮮明で話もしてくれました。また、足腰も丈夫で、この近辺にはお店がなく1㎞ほどの商店へシルバーカーを押して買い物に出かけてしまいます(いつの間にか出ているので気が付かない事よくありました)。働き者でもあり、自分の部屋はもちろん部屋のそばのトイレまで掃除をしてくれたり、庭の草取り、さらに団地内の道路の草取りまでやってくれて近所の人に感謝されておりました。先日、お婆ちゃんの部屋の整理をしておりましたら、和裁の折りたたみ台のようなものが出てきたし、作ったと見られる着物や浴衣もあkame りました。洋裁もこなしたようでまだ手をつけていない布地が何枚も出てきました。器用な人だったんだと思います。こんな物も出てきました。それは5円玉をきれいな金子の混じった紐であんだおめでたい亀の飾り。まだ、大量の5円玉と使用してない紐もあります。これはお婆ちゃんの形見として部屋に飾っておこう!そう、考えてます。

お婆さんの後年の言葉で私の頭に残っているのは、「生きるってことは辛いことの方が多い。早く死にたいもんだ!」って。お婆ちゃんの人生は確かに波乱万丈。お葬式で集まった親戚の人たちが言うには、このお婆ちゃんはなかなかのしっかり者であったと誰もの口から出てきます今となっては遅いのですが、私ももっとお婆ちゃんの苦労話や人生訓を聞いておけばよかったな、と。話す機会が少なかったととても悔やんでおります。

お婆ちゃん、ごめんなさい!もっとお婆ちゃんの寂しさや苦労を汲んであげて会話をすればよかったね。そして、お婆ちゃんからたくさん教えてもらいたかった!私はそんな余裕もなくて自分の事しか見ていなかったと思います。本当に未熟だったと思います。

これからは、天国で娘さんと旦那さんと心安らかにお過ごしください。お婆ちゃんの偉大さはいつまでも私の心の中に刻んでおきます。

« 雪のおきみやげ?! | トップページ | 讀賣広告大賞の審査!! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

▽mokaさんへ
>でもこれって辛いことが当たり前ってことですよね。良いことがたまにあったら、喜べば良いのかと気持ちの楽になる言葉でした

本当にそうですよね!これと同じような事を葬儀でお世話になった天台宗の導師(僧侶)がおっしゃってました。「生きる事は辛いことばかりが当たり前。だから、楽しい事が在った時に喜びを大いに感ずる事ができる」って言うような内容のことを説法してくださいました。mokaさんの正に言うとおりでしたよ!自分だけが不幸だなんて考えは捨てなければ・・・皆、悩みを抱えて生きてるんだからと考え直しました。

mokaさん、はじめまして!これから出かけなきゃいけませんので、コメントの返しは後ほど書きます。また、そちらのブログにも行かさせていただきます。後ほど・・!

▽やまちゃんへ
記事にも書きましたが、たいへん苦労の多い祖母だったのにそこまで気が回らずにもっと会話をしてあげればよかったと今になって悔やんでいます。でも、病院や施設の手配、洗濯物、会計関係全てやりましたので恨まれてはいないと思いたいです。

▽みっちさんへ
亡くなったお婆ちゃんて想像以上にしっかりしたお婆さんで誰も悪口を言う人がありません。亡くなって見てあらためて気がつかされました。同居してから嫁の立場の私は自分の事しか考えられませんでした。未熟でした。(今もそうですが・・(_ _;)・・・)
お婆ちゃんにもっと話かけていればなと思いました。記事中にある言葉「生きるってことは辛いことばかり。」悲観的ですが、実際そうですよね。でも、そんな中から小さな幸せを作るよう心がけて私は生きていきたいと考えます。

▽塾長へ
お婆ちゃんは偉大な人だったようです。そう思われて亡くなったということだけでも幸せなのでは?と思いました。皆から尊敬されるってことは人に何かを伝える事ができたという証しとも取れますから・・・。

▽カヅ君へ
優しい言葉をかけてくれてありがとうございます。もっと会話をしておけばと言う悔いは残りますが、日常の範囲では精一杯面倒見たとは思ってます。

▽はちさんへ
明治生まれの人ってどこか違いますね。
昔ながらの日本人の気質みたいなとこがあります。今のような便利な生活ではない生活をしてきてるから、物を大切に、面倒と思うことを面倒とも感じなくていねいにこなす。忘れちゃいけない部分を持ってました。

「生きるってことは、辛いことのほうが多い。」涙が出そうな言葉です。
でもこれって辛いことが当たり前ってことですよね。良いことがたまにあったら、喜べば良いのかと気持ちの楽になる言葉でした。
タムさんのおばあちゃん、ありがとう!!
母方の祖母は、90半ばで亡くなりましたが息をひきとる前の日に「あー、生きるのに退屈した。」と言ったそうです。

タムさん、99才とはおばあちゃんも本当に大往生ですね。いまどき親との同居も嫌がる人が多いのに・・・・・気の合わない親子を引き取られ、ご苦労も多かったことでしょう、お疲れ様でした。 
大変だという事を感じさせないタムさんには、感心させられます。私も93歳の義父と2年前まで同居し今はグループホームのお世話になっています。
おばあちゃんのお話の続き、楽しみにしています。

明治の人ってそういうとこありますよね。
はちパパのおじいちゃん、おばあちゃんもどっぷり「明治」の人でした。おじいちゃんが7年前、おばあちゃんが4年前に亡くなりましたが、最期までしっかりしていました。
お世話大変だったと思います。
タムさんの優しさで、癒されたことと思いますよ。

タムさん、お疲れさまでした。
お婆ちゃんも99歳まで長生き出来たのは、タムさんのおかげかもしれませんね。
ひ孫の手を引いて歩く姿が浮かぶ・・・。
その姿が一番ですね。

まぁ、いろいろあるでしょう。
銭が楽な分、苦労が多いとか。

その辺はお天道様がよく知ってらっしゃいますから。

なるようにしかならない。
ケセラセラ。

お気楽に行きましょうや。ね。

ご主人のお祖母様が亡くなられて、タムさんもいろいろ大変だったでしょう。ご苦労様でした。九十九歳で大往生だったのがお祖母様にとって何よりでしたね。だってその生涯はずいぶん波乱にとんで心の休まる事がなかったんじゃないかと思われるからです。ご主人や養女の方とも早く別れていますし。引き揚げてきて無一文から始まったというのはよく聞きますが、筆舌にしがたいものがあると思います。養女の連れ合いと折り合いが悪い様子ですしね。タムさんのご主人は1人っ子なんですか?それとも長男?いずれにしても病気にならない頃はタムさんが面倒みられたんですね。お疲れ様でしたね。でもお祖母様にとってはひ孫の相手をしながら暮らしている頃が一番穏やかで幸せだったのでは?人の生涯って考えさせられますね。ご冥福をお祈りいたします。

こんばんは、やまちゃんです。
そうでしたか、お婆ちゃん99歳の大往生。
「大往生」って今どきあまり聞きません。
きっと生まれた星に帰られたんでしょうか。
それにしてもいろいろお疲れさまでした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大往生:

« 雪のおきみやげ?! | トップページ | 讀賣広告大賞の審査!! »

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31