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2007年2月

2007/02/25

捏造番組

発掘!あるある大辞典Ⅱ」。長寿化に伴い健康番組に人気がある昨今、私もたまに見てその情報の通りに実施したことがある。ある回で、朝一番(1日の活動前)に無酸素運動と有酸素運動とを交互に取りいれると効率よく痩せるという1日3分のダイエットを紹介していた。番組の中で2週間実施し、ほとんどの人の体重が減ったのを見た。鵜呑みにした私は夫と共に次の日から実施。2週間後、しかし何の効果もなかった。夫はすぐさま止めたが、私はまだ効果が現れていないのだと信じそれからもしばらく続けた。しかし、結果は同じ。その後、友達と会ったときその話が出て、その友もやったが全く効果がないということで、二人の間では「やらせじゃない?」と結論が出たほどだった。半分冗談のつもりで言ったことではあるがまんざら間違いではなかったのだ!

3/1追記 讀賣・朝刊にて↑に記した回「有酸素運動の新理論」を含む3件が新たに捏造だったことを関西TVが再調査の結果明らかにしたという記事が掲載されてました。 やっぱり!ヽ(`⌒´#)ノ 「ムカ!」

その捏造報道をきっかけに、いくつかの民放の番組も捏造があったと指摘されるTV業界。視聴者を欺いてでも視聴率のためにウソを真実のように報ずる制作スタッフたちの倫理観はどこへ行ったのだろうか?「あるある」に関して言えば、その後以前放映された番組にも数々の捏造があったと言うことだ。日常的に行われてきたことにさらに驚かされる。はじめは恐る恐る使用していただろう捏造だったが回を重ねるごとにその倫理観が麻痺していって罪悪感もなくなっていったのだろうか?TV局の収入に関わると言え、視聴率重視の体制も熟慮すべきである。

これをきっかけにTVの放送内容が見直され改善されるだろうが、私はしばらくはバラエティー番組は見たとしても話半分に見ることになると思う。

この経験に関連して、以前どこかで聞いたのだが、新聞は一紙でなくいくつか読むことを進めていた。記者の視点から述べた記事であり、その見方を一般読者は植え付けられやすい。何紙か読むことで客観的になれるというのだが、実際問題、よほどの人でない限り経済的にも時間的にもそれは不可能に近い。この分は中立的なNHKニュースを見ることで、当面切り抜けるしかないか!

そんな中でも私にとっては良いと思える、好きなTV番組もあることを皆さんに伝えたい!

それは、あらためていつか書くことにしましょう!

2007/02/19

付き添い便乗② 新宿編

またまた付き添いをした。本当に親バカだと思う!いや、付き添いをダシにしての自分の楽しみを作りたい気持ちも確かにある。息子がたいへんな入試をを受けているという最中に母親はぶらりと小旅行をしているのだから、これを読んでいる皆さんはずいぶんとのんびりとした変わった親だとお思いのことだろう!客観視すると私自身もそうは思うのだが、親がやきもきしても試験の結果はどうしようもない、本人の実力しかないのだからと思ってしまうのだ。お出かけ大好きな私の性分から、せっかくはるばる出かけたのに用が済んだからとすぐにUターンする気になれない。時間を有効利用してなにか楽しみたい、そう願うことは間違いだろうか?ちょっとは息子に悪いなと感じながらもいつものように楽しみを優先してしまう私なのだった。

JR立川へ案内し、後は乗り継ぎは一本。今回はここまでで見送った。その帰りに新宿を通るので久しぶりに寄ってみよう。学生時代にはデパートや映画に出かけた場所!さて、どこに行こうか?買いたい物があるわけでないのでショッピングはしないつもり。そうだ、都庁の展望台に昇ろう!と西口へ。都庁方面循環バスが止まっていて、「まもなく出発しま~す!」のアナウンスに飛び乗ってしまった。しかし、バス停は一駅目で歩いてもたいした距離が無かった。

2/23(金) 新宿御苑の記事追加しました。未読の方は読んでくださいね!

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2007/02/12

付き添いに便乗して・・・「靖国神社」

先日、東京にある私立大入学試験日に長男の付き添いをした。ちょっと親バカじゃない?とお思いの方もいらっしゃると思う。理由は、長男は田舎の高校に通っている上普段からあまり外に遊びに行くこともない箱入り息子のため東京に疎く、多少土地勘のある私が案内をする目的での付き添いだった。いままでだったら母親とふたりだけで出かけることはこの年齢の息子にしたらすごく嫌がり断られるのが落ちだったのに、今回はすんなり本人も了解したのにちょっと驚いたが・・・。ただし予想どうり向かう途中の電車の中ではほとんど会話をしてくれず他人の振り・・・まあ、彼の気持ちはわかるから私も必要最小限の会話だけした。

途中、交通機関の乱れも無く予定どうりの到着時間に試験会場についた。試験会場にまでくっついて来る親なんて私くらいかな?と予想していたが、何人か親と来場した学生を見つけホッとした。入り口で「最後までがんばりなさいよ!」と言って息子と別れた。私の役目はここまで。帰りは自力で帰らせるのだ。

その会場のまん前に日本の首相が参拝するのしないのでなにかとメディアで取り上げられるあの「靖国神社」が在ったのだ!(受験の大学がバレるかな?)用事で出かけた際、用事を済ましてもその後時間の許す限り何かをするのが私の常。そこで、戦没者を慰霊しようと参拝していくことにした!

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2007/02/11

最近の大学入試

我が家の長男は今大学受験シーズン真っ只中。のんびり母にこの子ありと言うほど当人はのんびりとしている。そんな母でさえ動揺しているのに、当人はいたって平静であきらめているのか自信があるのかわからないほど落ち着いてしまっていて、夜中まで勉強なんてやらない!

我が子に関係がない時期には大学入試体制など全く関心がなかったが、長男が関わるようになってやっとその内容を把握しだし、私が受けた頃とは雲泥の差で時代を反映した入試体制になっていることに驚いている。

センター試験制度は実施されて久しいのだが、ちょっと昔の共通一次試験とは違うようだ。今はこの制度を導入している私立大学もずいぶん数が増えている。我が息子もセンターで4校(国立、私立)の受験をしている。私立はこれだけで合否も決まるのだ。

国・公立大学の志望者はセンター試験を受けてからそれぞれの希望する大学の2次試験に当たる前期日程試験に臨む。センター試験の結果を見て、自分の入れそうな大学を選ぶことも可能なのだ。嫌な見方をすれば、駆け引きができるのだ。さらに、前期日程試験で失敗しても、後期日程試験でさらに自分の実力にあった大学を選んで受けることも出来る。受験生にいくつか受けられるよう窓口を広くしてくれているようだ。

さらに国・公立も私立も合格発表はインターネットでも見られるのも時代を感じる。便利になったものだ。ちょっと寂しい気もするが・・・。

我が息子も来月の卒業式までに進路が決まっていると良いのだが・・・これは本人の出来と神のみが知っていることだろう!

2007/02/05

母の思い出

母が亡くなってほぼ1ヶ月が経った。私の中ではやっと母の死を受け入れられるようになった。この頃、母との思い出がよみがえる。

母は昔から負けず嫌いで何にでもがんばり屋。女学校を出て女子師範学校に行き、小学校の教師になった。私が小学生の頃、母は生徒に出した宿題のノートを家に持ち帰り、夜遅くまで点検をしていた光景が思い出される。印刷をする資料や手紙をガリ版の上でガリガリと音をさせて書いていたのも思い起こされる。

私は3人兄弟の末っ子。一番上の姉とは11歳、兄とは9歳も離れている。実は私と兄との間には別に姉と兄が在った。しかし、姉は事故で、兄は病気で年少の頃に亡くなったそうだ。今思うと両親にとってそれは相当辛い思いだったことだろうと思う。そのため、もうひとり子供が欲しいと私を産んだという。そして、この子だけは丈夫に育って欲しいという願いから健康の康を取って「康子」と言う名を付けたそうだ。

年の離れた終いっ子のせいか、母は私をかわいがってくれた。母はどこへ行くにも私を連れて行った。昔の小学校は日直制度があり、休みの日には当番制で教職員は学校に出た。赴任先の小学校へ良く連れて行って、私は誰もいない教室や廊下、校庭で遊んだものだ。夏休み中の研修先にも連れられ、やはりその学校の校庭で遊んでいたこともある。

バスで通っていた通勤もバイクの免許を取り、50代になってからは自動車免許も取った。その際、私にも取るように促された。私は全然その気は無かったが、母の意気込みに押され一緒に教習所に通ったものだ。結局、私の方が先に卒業したのだが・・・。父も免許を持っていなかったが、やはり、母の勧めで60代で取る事になる。母は車の運転を85歳近くまでしていた。周りが心配して、何とか止めさせ車も廃棄した。その後、亡くなる直前まで「車の運転が出来なくて不便。悔しい。」と言うことは何度も言っていたものだ。

父も教師をしていて、趣味で書道をしていた。退職後、書道塾を開くがその助手に母が借り出された。母は退職後やりたかった洋裁を習いながら、父の助手として役に立つよう書道を習い始めた。努力家の母は、毎晩夜なべして練習を続けアッという間に準師範まで登りつめ、塾長が驚いたそうだ。しかし、もともとそれほど体が丈夫でない母は根をつめる日々が続き体調を崩してしまった。結局、通っていた書道塾を止めることとなる。父の書道塾を手伝う助手としてはそのキャリアを活かし、充分父を助けたと思う。

勝ち気な面ばかりを強調してしまったが、優しい面もあった。花が好きで、庭には花が絶えなかった。私が小学校の頃は庭に咲いた花を切って学校へ持たされたものだ。私自身は花にそれほどの執着があったわけではない。通信簿に「花好きで・・・、教室に花を良く飾ってくれた」などと書かれてあり、そんなわけではないのに!って思ったことがある。また、大の動物好きで我が家では大体犬や猫を飼っていた。また、知らない家の犬や猫でも通りがかるとすぐ触りに行く。私が動物好きなのは母に似たのだと思う。こんなエピソードを思い出す。赴任先の学校で飼われていたサルが檻から逃げ出した。校庭にあるバックネットにつかまっているところを発見された。日頃からサルと仲良しだった母が呼ぶとそばに寄ってきて捕まえられたことがあった。

今思い返せば、手前みそながら偉大な母だったと思う。そんな母に私はずいぶんと反抗し、迷惑ばかりをかける不出来な娘でした。そして、母のがんばりの足元にも及ばない情けない娘でした。せめて母の偉大さに少しでも近づけるよう、気付いたこの瞬間からでも努力して行こうとあらためて反省しています。逃げずに何事にも取り組もう・・そう思っています。

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