フォト

最近のトラックバック

ひなたぼっこ掲示板

  • ひなたぼっこ掲示板
    記事のコメント以外に何かメッセージなどありましたらこちらへどうぞ!お待ちしております(^^)/
無料ブログはココログ

« 久しぶりの同窓会 | トップページ | 今年の私の重大ニュースは? »

2007/12/07

母に続いて父も・・・(ノ_・。)

同窓会が終わった翌々日の夜中、電話が鳴った。兄からだった。父が息を引き取ったとの連絡だった。やっぱり、年内は持ちこたえられなかったのか!94歳。先日誕生日が過ぎたばかりだったのに・・・そのあと、朝まで眠れなかった。

母が今年の1月に突然亡くなってから、ボケが一層増していた。まだらボケでわかる部分とわかっていない部分とがあった。しかし、母が死んだことは理解できぬまま。「遅いな。まだ、○○から帰ってこない。」とよく言っていた。

今年の7月末に発熱があり、調べると肺炎を起こしていた。急を要するというほどでなく安静に過ごすため、そのまま入院となる。暑い夏だから病院の方が涼しくすごせて良いかなと軽く考えていた。ところが、片方が良くなるともう一方にも影が見えるを繰り返し、高齢も手伝ってか医師も慎重でなかなか退院の許可が下りずにいた。入院するまでは杖もつかずになんとか歩けたし、トイレも自分で行けていた父。入院してからは、ベッドに寝かされ、排せつもオムツにされてしまっていた。これでは病気が治ったとしても寝たきりになってしまうと心配だった。暑い夏が終わり、秋が来た。久しぶりに訪れた父は完全に流動食になっていた。それでも食が進まないと点滴を打たれるらしく、あちこちに注射の後の内出血が見えた。この時点では、私の名を告げるとまだちゃんと分っていた。数は多くないがしゃべることもできた。ある時の見舞いで昼時に差し掛かったので、食事を食べさせた。ところがほとんど食べないのにもう沢山と食べてくれない。その後、姉が11月の半ばに訪れたら、父は食事ができず完全に点滴のみの栄養補給ですっかり痩せてしまったから早めに見舞いに行くようにと連絡をもらった。あわてて行ってみると、本当に痩せてしまってびっくり。鼻にチューブはかけられ、口は開いたまま。しゃべることはできず、私の名を告げるとこくりとうなずいたようには見えたが果たして認識できているのかは定かでなかった!腕は骨皮になってしまっていて、点滴注射の後の赤紫のあざがいっそう痛々しく見えた。その見舞いの1週間後に息をひき取った。最期をみとった兄が言うには、苦しまずに静かに逝ったという。それだけでも良かったと思う。

父は教員。小学校の校長も勤めた。すごく勤勉で文武両道。剣道は6段。書道は師範。趣味に和歌を作ったり、絵も描いていた。また、碁も趣味で実家には立派な碁盤と碁石もある。意志も固く、有言実行。煙草や酒も退職後は止めた。また、年は足から衰えると言って、毎日2時間10キロの散歩を欠かさなかった。雨の日も合羽を着て傘をさして出かける姿を覚えている。もちろん、書道を子供や大人たちにも指導した。市の依頼で文化協会の歌詞も作詞、一般市民にも書道を教えた。そんな父は偉大であり、尊敬をしていたが、通夜、葬儀を通じて、父の教え子という方が父が作詞した中学校の楽譜を印刷、拡大して持ってきてくださり、「私は先生を見て、教師を目指しました!」とおっしゃって下さった方があったり、告別式でぜひ弔辞を読ませていただきたいと校長会の代表の方が申し出てくださり父の歩んだ教員生活の様子を伝えてくださり、多くの方に感謝されていることを知って、改めて父の存在の大きさを知った思いだった。

お父さん、本当に今までありがとう。そして、お父さんの生き方はずいぶん他の方へも影響を与えておりすごく立派な人生だったと思います。足元には及ばないけど、子供として近づけるように私も取り組んでいきますね。お母さんに会えて良かったね。どうぞ、安らかに。

« 久しぶりの同窓会 | トップページ | 今年の私の重大ニュースは? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、タムさん。
ご無沙汰をしています、ごめんなさい。
遅くなりましたが、お父様のご冥福をお祈りします。
偉大なお父様だったのですね。

▽ちゃぐままさんへ
ちゃぐままさん、ご心配ありがとうございます。
父の死はとても残念ですが、改めて父の偉大さを知ったしだいです。そんな父を超えることは無理ですが、父に恥じない生き方をしなけりゃと思いました。
今は落ち着いてきて、両親ともに天国でお正月を迎えられて良かったなと思えるようになってます。

こんばんは!
お父様のこと、心からお悔やみを申し上げます。
94歳。教育者として人に影響を与えながら、しっかりと生きてこられたことに深く敬意を表します。

私の亡くなった父とあまりにも生き方が似ているので、いつの間にか混同しているような感じでした。
ただ父は90歳でした。
タムさんのお父上の方が、4年間長く人としても実績を積まれたのです。
いくつになっても、周りの人から惜しまれるというのは、子供として誇りを持っていいことだと思います。
それにしても1年間に二親を亡くしてしまうことは堪えられないでしょうね・・・。

コメント入れてくださった
やまちゃん、mokaさん、ピー子さん、リリー姫さん
ご心配のコメントを本当にありがとうございます。
皆さんのあたたかさに感謝しております。<(_ _)>

身内でありながらち僭越でお恥ずかしいのですが、父は立派な教育者だったと思います。
足元には及ばないのですが、父の生き方を誇りにし、子供として恥じない生き方をしなければと今は強く思うようになりました。

タムさん こんにちは。

久しぶりにおじゃまをしました。

遅ればせながらお父様・お母さまのご冥福をお祈りいたします。

お父様、大変でしたね・・・・
それにしても、お母様に続いてとは・・・・
きっと、天国で再会されていらっしゃるのですね。
ご冥福を心からお祈りしています。

お父様も亡くされお寂しい事ですね。
タムさんのお父様は素晴らしい先生だったのですね。最後は無念だったと思いますが、たくさんの方に惜しまれうらやましいくらいです。
お悔やみ申し上げます。

ご心中、お察しします。
本文を読むととても立派なお父様でしたね。
ご冥福をお祈りします。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 母に続いて父も・・・(ノ_・。):

« 久しぶりの同窓会 | トップページ | 今年の私の重大ニュースは? »

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31