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2009/03/21

ペットとご近所との折り合い

 本日、靖国神社の桜が咲き東京も桜の開花が発表された。去年より1日、平年より7日はやいという。春の来るのはうれしいが、やはり4月の上旬、入学式の頃に咲く桜がやはり一番似合う気がする。我が家の庭の細~い大島桜(2年前に苗を購入)の蕾はもうしばらく開きそうもない。我が家の桜は平年なのかも知れない。主人の気持ちを組んでくれたのかも?!

話は変わって、我が家のペットの猫たち。実は、1月末まで1日に2回、自由に戸外へ出していた。あるとき、我が家の庭で排尿をする姿を見た。土を掘り返すので、何ヶ所かこんもりと山ができているのを見て、他のお宅の庭でもして迷惑がられていないかちょっと心配にはなった。その現場を見ていないので実感としてはまだ感じていなかった私だった。

ところが、1月の半ばころから我が家の道路を挟んだお向居さんが玄関付近に水を入れたペットボトルを数本置きはじめた。それは、効果があるかどうかは定かでないが明らかに猫よけ対策だ。そのお向居さんとは会えば挨拶や二言三言話すことはあるが、それほど親しくはない。あるとき、私が猫たちを外に出したときちょうど仕事に出るため玄関に出た奥さんが出た猫の足取りをじっと見ているのを見た。その顔は苦虫を噛んだような様子。それを見てどうしようかと迷っていた私の気持ちを決断させた。

その翌日から猫たちを戸外に出さなくした。果たして猫たちが我慢できるか?逆に私の方が出せ出せコールに負けてしまわないか?ともにとても心配した。

案の定、猫たちは外に出してくれと度々鳴いた。くじけそうだが、お向居さんのあの時の顔を思い出して心を鬼にした。猫たちには「本当にごめんね~。ずーっと一緒に住むためには我慢してねweep。」と謝りながら・・・。

子供のころから猫はよく飼っていた。田舎だから放し飼いで!犬はつないでも猫だけは当たり前のように外に出していたものだ。しかし、世の中は変わって、宅地もせまく区画の中に何件も建つ住宅事情に、個人の権利も主張しやすい状況になってきている。そんな中でペットを飼うのは昔の感覚ではできないんだとあらためて考え直させられた!

猫たちの外出禁止は間もなく2か月近くになる。今では、白ネコのマロはあまり主張することはなく、クロは毎日少しの間、出入り口にしていたリビングのサッシから外を見る。今だにあきらめきれなく鳴き、出口が無いか部屋のあちこちをうろうろするチャロと様々だが、私の気持ちは落ち着いた。ご近所とのお付き合いのためには仕方がないと気持は固まっている。

主張が薄れたとはいえ、毎朝3匹の猫たちが必ず向かう場所は風呂場の窓。乾燥のため利用後は開け放している。猫たちはその窓のサンに座りじっと恨めしそうに網戸越しに外を眺め、外の風に当たるのが日課になっている。唯一、チャロだけは玄関の開け閉めを狙って脱走を試みる。それでも、たいてい数分後に駐車場で捕まって束の間の夢に終わるのだ。

2009/03/11

江川紹子さんの講演会 続き

Dsc00411 江川さんの講演会の内容の続きです。

現在の高校生は「大人って大変そう。大人になりたくない。今のままが良い!」「将来の夢は今のところわからない!」そんな答えが帰ってくる子供たちは少なくない。

江川さんに言わせると、早くから自分の将来の夢を持ちそれに向かっていく若者は一握り。それなりの才能を持った人だから夢を持つことができる。多くの若者は、自分は何をしたいのか?を見いだせない者の方が圧倒的に多い。江川さん自身もそんな一人だったと告白した。自分が絶対にいやなこと、性格的に向かない以外の仕事ならとりあえず就いてみることも有りだと!夢が無い、夢がわからないと言っていた若者たちも経験を積み、年を重ねることで自分の夢ややりたいことが見つかるという。江川さん自身も40代で真のやりたいことを見つけたそうだ。

最後に江川さんがオウム真理教の取材に全力を投じはじめるきっかけになった「坂本弁護士一家殺人事件」。堤弁護士、長男の龍彦ちゃんとともに殺された都子さんが両親に宛てた手紙を元に話してくれた。

子供たちを教団から救い出したいと信者の親たちが江川さんに相談した時に坂本堤弁護士を紹介したのだが、奥さんの都子さんとは面識がなかったとのこと。殺人事件が起こったのちその取材をする中で、その都子さんがとても感受性豊かな持ち主だったことを知ることになったそうだ。

日頃からボランティア運動に積極的に参加されていた都子さん。大学は福祉科専攻されていた。友人達からは「幸せ探し」さんと呼ばれて、日常の中からホンの小さな幸せを見つけ出すのがうまい人だったそうだ。

結婚後、龍彦ちゃんが生まれ、子育てをしている最中のある日の喜びを手紙にしたためてご両親に送ったものの一部を江川さんが読み上げた。

「今日はとても良い日でした。・・・・・略・・・・。昼間、龍彦をベビーカーに乗せ散歩に出た。山下公園では龍彦を相手に公園で休憩をしていた会社員たちが「可愛いね!」と声をかけてくれ遊んでくれた。・・・・・・・・・・・・。しばらくすると、龍彦が疲れてベビーカーの中で寝てしまった。私はその間にゆっくりと本を読めたこと。・・・・・・・・・・・。龍彦はさっき、やっと夜の眠りについた。私は今、好きなクラシックを聴きながら手紙を書いている。だから、今日は本当に素敵な日だった!」

そんな内容だったと思う。

本当にその手紙の内容は、どこにでもあるような日常の光景だ。都子さんはそんな小さな一つ一つに感動し、そういう時間を持てたことに感謝し幸せを感ずる人だったのだ。

大きな夢を描いてそれに向かって努力し前進していく生き方もあるが、日々の中に幸せを見出し幸福感を感じて生きていく生き方も素敵だと思う。その日その日の小さな幸せに感謝し満足することでも充実感を得やすいと思う。

右を見ても左を見ても暗い現在の世の中。私は特に今は都子さんのような日々の過ごし方が大切だと感じたし、そんな積み重ねで乗り切れそうな気もする。

こんな感受性の母親に育てられたら、子供はどんな子に育っていっただろうか?龍彦ちゃん、生きていたら20歳。ハンカチ王子の斎藤君やパリーグ楽天のマー君と同い年だそうだ。それなら、我が家の長男も同じ歳だ。そう思うと、よけいにこの事件に虚しさを強く感じた。

江川さんは、1時間半立ちっぱなしで水を一口も飲まずに「取り留めのない話となりました!」と言って、この講演を終えられた。

そのあと、ロビーで江川さんの書籍の販売を行い、その場でサインをしてくださるとのことでもちろん私は買う気満々lovely

Dsc00410 「人を助ける仕事ー<生きがい>を見つめた見つけたではないことに注目)37人の記録」という文庫本を購入。サインをもらって、握手までしていただいた。さらには、一緒に写真まで撮らせてもらって大感激crying。握手した手も小さく細かった。そんな手にペンを持つと冷静かつ鋭い文章を生み出すんだ!なと感慨を持った。

この写真の隣に私がおりますが、お見せする顔ではなくカット致しましたbearing

2009/03/08

江川紹子さんの講演会

2月末のことだが、八街市と教育委員会主催「生涯学習推進大会」の記念講演としてジャーナリストの江川紹子さんが来ると聞いて出かけてみた。

八街市は財政難でいまだに文化ホールが無い。公民館の大ホールは段差がなく、行事の度に並べるパイプ椅子の座席である。有名人の講演のせいかそんなホールの硬いパイプ椅子席は満杯になった。

式典が終わり、いよいよ江川さんの講演が始まる。登場した江川さんはテレビで見るよりもきゃしゃでスリム、可愛い感じに見えた。その日に着ていたオレンジ色のカーディガンが明るい感じを出し、とても似合っていた。

演題は「私の取材ノートから 混迷の現代社会を想う。」 

江川さんというと、思い出されるのはオウム真理教の取材だ。まずはそのあたりから講演は始まった。かいつまんでその内容を書きだすが、オウムに入信しているものに若者が多いこと。非常にまじめな人や優秀な頭を持った人も多かった。なぜそれほどの若者たちが入信してしまったのか?前出のゲバラではないが、麻原は「われらの力で人々を救済しよう!」という声のもとに入信者を募っていた。。その当時の日本社会に疑問を感じていた者や人の役に立ちたいと思う者、現実を超越したいと考える者、まだ自分の生甲斐を見だせないでいた者には「これだ!これに賭けよう!」というように彼らを瞬く間に虜にさせ入信させていく。

麻原彰晃という人物は出任せ?とは言え彼らの気持ちをひきつけ入信を決意させるほどに相当に言葉巧みな才能を持っていたのだろう!(下線の部分は私の想像した考えである)

そんな彼らがなぜ麻原の言うままに抵抗もなく殺人を犯してしまったのか?オウム内では修行と称して信者に様々な難行苦行をやらせていた。まず生きていくための衣食住のほとんどが手作り。住むためのサティアンから食材まで。食事は、時には砂を食べていたという。LSDを使用して(信者には知らせていない)幻覚を利用し超越体験ができたかのような錯覚をさせ洗脳を強くしていった。江川さんが言うには思考や判断をする能力を奪われ疑問も感じないまでの洗脳の結果、言うがままに抵抗なく実行してしまったというのだ。この記事を書くにあたってあらためて「オウム真理教」についての検索をしていくつか読むうちに

「救済のためにはあえて悪をなすことも肯定するという教えを援用し、悪人は悪業ばかり重ねて転生(生まれかわり)を悪くする一方だから、早くポア(魂をより高い位置に移すこと)してやったほうがその人のためになり、また殺すという行為で金剛乗の教えを実践する者には、最終解脱という果報が約束されると説いている」

と言う教義もあり、そんな思いからあっけなく殺人をおかしていたかとも想像できる。

要するに江川さんが云わんとすることは、麻原の指示のもと殺人を犯した彼らを含む信者全てもある意味、被害者であったってことだと思う。江川さんは、教団への批判は厳しく、信者に対しては慈しみさえ感じながら取材をされていたのだ。
 

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