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2009/03/08

江川紹子さんの講演会

2月末のことだが、八街市と教育委員会主催「生涯学習推進大会」の記念講演としてジャーナリストの江川紹子さんが来ると聞いて出かけてみた。

八街市は財政難でいまだに文化ホールが無い。公民館の大ホールは段差がなく、行事の度に並べるパイプ椅子の座席である。有名人の講演のせいかそんなホールの硬いパイプ椅子席は満杯になった。

式典が終わり、いよいよ江川さんの講演が始まる。登場した江川さんはテレビで見るよりもきゃしゃでスリム、可愛い感じに見えた。その日に着ていたオレンジ色のカーディガンが明るい感じを出し、とても似合っていた。

演題は「私の取材ノートから 混迷の現代社会を想う。」 

江川さんというと、思い出されるのはオウム真理教の取材だ。まずはそのあたりから講演は始まった。かいつまんでその内容を書きだすが、オウムに入信しているものに若者が多いこと。非常にまじめな人や優秀な頭を持った人も多かった。なぜそれほどの若者たちが入信してしまったのか?前出のゲバラではないが、麻原は「われらの力で人々を救済しよう!」という声のもとに入信者を募っていた。。その当時の日本社会に疑問を感じていた者や人の役に立ちたいと思う者、現実を超越したいと考える者、まだ自分の生甲斐を見だせないでいた者には「これだ!これに賭けよう!」というように彼らを瞬く間に虜にさせ入信させていく。

麻原彰晃という人物は出任せ?とは言え彼らの気持ちをひきつけ入信を決意させるほどに相当に言葉巧みな才能を持っていたのだろう!(下線の部分は私の想像した考えである)

そんな彼らがなぜ麻原の言うままに抵抗もなく殺人を犯してしまったのか?オウム内では修行と称して信者に様々な難行苦行をやらせていた。まず生きていくための衣食住のほとんどが手作り。住むためのサティアンから食材まで。食事は、時には砂を食べていたという。LSDを使用して(信者には知らせていない)幻覚を利用し超越体験ができたかのような錯覚をさせ洗脳を強くしていった。江川さんが言うには思考や判断をする能力を奪われ疑問も感じないまでの洗脳の結果、言うがままに抵抗なく実行してしまったというのだ。この記事を書くにあたってあらためて「オウム真理教」についての検索をしていくつか読むうちに

「救済のためにはあえて悪をなすことも肯定するという教えを援用し、悪人は悪業ばかり重ねて転生(生まれかわり)を悪くする一方だから、早くポア(魂をより高い位置に移すこと)してやったほうがその人のためになり、また殺すという行為で金剛乗の教えを実践する者には、最終解脱という果報が約束されると説いている」

と言う教義もあり、そんな思いからあっけなく殺人をおかしていたかとも想像できる。

要するに江川さんが云わんとすることは、麻原の指示のもと殺人を犯した彼らを含む信者全てもある意味、被害者であったってことだと思う。江川さんは、教団への批判は厳しく、信者に対しては慈しみさえ感じながら取材をされていたのだ。
 

後半は、ここ数年地道な仕事の中に「生きがい」を見だした若者(20代~30代)の取材を通して江川さん自身が感銘を受けた人の生き方を話してくれた。以下の記事は、録音したわけでないのでうろ覚えだ。聴き違いや勘違いの箇所があると思われるが、主旨は違っていないと思うのでご容赦いただきたい!

その人の名を忘れたのでAさんと称しておく。小学生時代から野球に打ち込み、将来はプロ野球選手を夢見て、中学では人一倍の努力をしレギュラーを勝ち取り、甲子園出場のため野球の名門高校をめざし合格。しかも1年生からレギュラーにもなれた。そして、2年生では念願の甲子園出場を果たす。しかし、2回戦敗退。3年生になり夢よもう一度と願うも甲子園出場は叶わなかった。高校時代に大きな結果を残すことができず就職の道を選んだ。ところが、最後の最後にある球団から声がかかった。躊躇なく就職先をけって球団と契約をする。もちろん2軍からの生活が始まる。それでもAさんは一軍でのレギュラーを目指して努力した。しかし、やはり一軍で活躍できる人には秀でるものがある人なのだ。どんなに好きでもどんなに努力しても越えられない壁。Aさんはあるときに「限界」を感ずる。数年後、契約が切れ解雇を告げられた。しかし、球団サイドからは選手としてではないがもう一度スタッフとしての就職があることを提示された。それはブルペンキャッチャという仕事。悩んだがその仕事を受けることに決めた。彼はピッチャーたちに気持ちよく投球してもらえるように話しかけや受けた球質についてふれたりしてフィールドに送り出す努力をした。そのうち、選手から「お前から元気をもらえる」と感謝されるようになったという。夢を追いつつ夢半ばで挫折を味わいながらたどり着いた仕事。人の役に立つ仕事に今生甲斐を見つけ出している。外人選手もいる中で通訳を介しての会話は伝わらないと懸命に英会話を習っているという。江川さんが「同期で活躍している選手と比べて悔いはないのか?」を尋ねると、「自分のするべき仕事を得られたので充実している!」ときっぱり言ったそうです。自分の長所を見出して仕事に活用し努力を続けるA さんには大変感銘を受けたそうだ。

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コメント

▽山口ももりさんへ
ももりさん、お久しぶりでございます!
ミーハー的に参加した講演会でしたが、TV等では鋭い批判をする江川さんが、とても穏やかに優しい口調で話されたことと話の内容も何か温かいものでした。私は江川さんのファンになりましたね!なんといっても有名人でありながら謙虚さがいいです。


良いお話ですねえ。若い人が最初から、やりたいことができ、情熱を感じられ・・・そして、しかもそれでご飯が食べられるって、そんな、恵まれた人は殆ど無いでしょう。ともかく、与えられた環境の中でベストを尽くし続ける・・・以外に道は無いと思うのですが。職業に貴賎なし。自分の飯は自分で食え・・・

▽浜辺の月さんへ
月さん、このところコメントをたくさん入れてくださってありがとうございます。
私の方からは皆さんにすっかりご無沙汰をしておるのに、気にかけ記事を読んでコメントまで残してくださるなんて本当に申し訳ない思いがいっぱいで、感謝の念に堪えません。心よりありがとうございます!

オウム真理教の事件からほぼ20年近くがたってしまいました。麻原はいまだに全部の裁判が終わっていなく刑務所内にいます。時がどんどんとあの当時の教団の犯した悲惨な事件の数々を薄れさせています。

あの時の被害者や信じこまされていた信者等はあの瞬間から時が停止して無念さだけが年々増大しているのではないかと思います。

殺された人たちは戻ってきませんが、責めてその家族や元信者たちは立ち直って社会に溶け込んでいて欲しいものです。

江川さんは鋭い批評をしますが、この講演では話し方や内容を含めて母性を感じさせ、優しくあたたかい方だなと感じました。ミーハー的に参加した私でしたが、江川さんのファンになりました、これをきっかけに!!

話題にされていたAさんの生き方もそうですが、購入した江川さんの本を読んで日本の若者もなかなか捨てたもんじゃないなという思いを感じたいと思います!

こんにちは、タムさん。
チェ、ゲバラを観た後の江川紹子さんの
話し、特に、オウム真理教の話し、考え
させられますねーーー。
はっきり言って日本人は革命を望んで
いないのですねーーー。
それに麻原の宗教は口から出まかせの
嘘ばかりですよねーーー。
巧みな話術なのかもしれませんが、
純真がゆえにころりと騙された
のか・・・。
その場になってみないと自分自身も
分かりませんが。
革命を起こしたチェ・ゲバラには
農民庶民に愛情がありましたが、
麻原には全然ないですねーーー。
騙された若者には庶民に対して愛情が
本当はあったのかもしれませんが。
騙された若者も騙されたと気がついた
時には相当後悔したことでしょう。
Aさんの話しはいい話ですね~~。
溌剌とした気分になります。

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