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2009/05/06

下町散歩 谷根千⑤

Dsc00613 谷中は猫だけでなくお寺も非常に多い町だ。特に、谷中霊園へ向かう途中はお寺がひしめき合っている。

そんなあるお寺の前にこんな掲示が・・・Dsc00614

考えさせられますね~( ̄○ ̄;)!

谷中霊園では著名な人たちの墓が多い。いろいろお参りしたいと思うが、何せ広い!

まず外せない「江戸時代最後の15代将軍・徳川慶喜」の墓を探す。霊園内は迷路のよう。時々立っている慶喜の墓を案内する看板でやっと辿り着いた。人だかりがあった。そこには歴史の説明をする方がいらした。

Dsc00619 Dsc00618

墓地の敷地は広く、周りを鉄格子が覆っているし、すぐそばの墓前にはもちろん近づけない。

説明の方が言うには、正面左が慶喜、右が正室の墓。

慶喜の墓の後ろが側室たちの墓。写真にはないが、正面右端が子供たち。正面左端は徳川家の墓。と教えてくれた。普通のお墓と形が違うのは、慶喜は正室を皇室から迎えたそうで、その関係で神道式の墓の形だという。慶喜は67歳まで生きたそうで、明治の文明開化を見とどけただろうと思われる。昭和43年までは墓の手入れがされず荒れ放題だったそうで、その後今の形に整われた。徳川家は今も続き、慶喜からの4代目、5代目が健在だとのこと。「慶喜は自由奔放な人物の印象があるが、実際には政治には口をはさむ権限もなかった人のようだ。」と説明される方が同情的に話していたのが印象的だった。

霊園のメイン道路にやっと?で戻り(実際、迷路で見つかるまで迷った!)、夫がトイレにDsc00620 行って待つ間、その脇に立つ大きな墓?墓碑?があり、そばの説明書きの看板を読んだみた。

高橋お伝」<明治の毒婦>極悪女として、度重なる殺人を犯し、女性としては最後の斬首刑となった人物らしい。

そんなに悪い女なのにこの立派な墓はなぜ建てられたのだろう?そんな疑問が残った。

渋沢栄一、横山大観、獅子文六・・・このほかにも墓参をしたい人達はあるが、足もだいぶ疲れてきていて今日の散歩??(ロングウォーキングだけど・・・)は終わりにして日暮里駅に向かった。

追記

「高橋お伝」は嘉永元年(1848年) - 明治12年(1879年1月31日)は仮名垣魯文の「高橋阿伝夜叉譚」のモデルとなった女性である。上野国利根郡下牧村(現群馬県利根郡みなかみ町)出身。「明治の毒婦」と称された。

とウィキペディアに載っているが、いろいろ読むと小説ではかなり創作されていて、本当に極悪非道な女性だったかは疑問であるらしい。この墓を建てたのは仮名垣魯文だそうだ。彼女を題材にした小説がヒットし、罪を償う意味で建てたのでは?という見方もある。

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コメント

 ▽☆星☆さんへ
わ~、本当にお久しぶりです。お元気でしたか?

惑星さんもお元気でしょうか?よろしくお伝えくださいね!

相変わらず鵜の目鷹の目でいろんなことに興味森々あちこちに出向いております。

東京の下町もいいものです。時々、こんなシリーズで出かけるかもしれません。また、見に来ていただければ幸いに思います。どうぞ、よろしくお願い致しますo(_ _)oペコッ

▽ピーコさんへ
いくつもコメント入れてくださってありがとうございます。

東京はさすがに江戸時代から続く首都であり、それだけ歴史が詰まった地域でもあるわけです。
私が購入した本には行ってみたい散歩コースがたくさん載ってます。千葉にはそれほど気軽に散策しながら歴史散歩できるところはないですね。東京に住んでいれば、毎週のように出かけられるのにな~と羨ましく思います。

ピーコさん、どこか近くを是非散策してみてください。気がつかなかった素敵な場所が東京ならけっこう見つかるのでは?私から見れば、もったいないと思うんですよー

寛永寺にお墓があるのは「篤姫」だそうです。ただし、そのお墓は直接見られないそうですが・・・

本日、上野の「ルーブル展」を見に行ってきました。その帰りに、夫の希望でまた「谷中」へ!
猫カフェみたいな小さな喫茶店に入り、夕焼けだんだんでは2~3匹のネコさんに会えましたよ。

徳川慶喜は気になる好印象の人物です
大変、ご無沙汰しています
ブログの雰囲気がすっかり変わりましたね
浜辺の月さんのところにやっと行き、ここを見つけました
また、来ますね

徳川慶喜の墓は谷中にあるんですか。知りませんでした。
徳川家といえば、上野の寛永寺という気がしておりましたが・・・慶喜が風流人だったという話は聞いたことがあります。維新の後、釣りをして楽しんでいたとか・・・
東京には、まだまだ、いろいろ面白い場所がたくさんあるのですねえ。住んでいながら、全く何処へも行かない私は、知らないことばかりです。
それにしても、谷中って猫の町なんですね。猫に会いに行かなくちゃ!

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