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2010/04/10

八鶴湖の花見

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関東地方では桜もそろそろ葉桜になりつつありますが、我が家(と言っても、私と夫のみですが)はちょうど1週間前に花見をしてきた。

場所は東金市の「八鶴湖(はっかくこ)」。以前、我が家の次男の通う高校の前にあり、江戸時代、初代将軍「家康」公が鷹狩りに来てお泊りになる「東金御殿」内の庭に造られた人造池であることを紹介したと思う。この2~3年はこちらへ花見に出向くようになった。

丘の中腹に駐車場がありそこから八鶴湖を目指して階段を下りて行き目の前にピンクの波が現れると毎年のことながら思わず「ウワ~ッ!」と声をあげてしまう。桜の花の淡いピンクはなんて控えめながら美しいのだろう私はこの薄い桃色に惹きつけられ、大好きだ。この色合いだから美しいのであって、これが濃いピンクだったらここまでは魅力を感じない。

私たちはまずは湖(といっても一周800mの池のような湖だが)を左回りにゆっくりと歩いて桜を愛でながら写真を撮った。

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一周した後、周りの露天の店から焼きそばを購入して桜の下で頂く。不景気のせいか?去年より人出も少ないし、露天の店も少ない気がする。夜にはライトアップでの花見もできるし、この日の夜は花火もあげるという。いつかは夜桜見物もしてみたいものだ。

このあと、去年と同じ、車で5分ほどのところにある「ときがねダム」の周りを一周するウォーキングをして家路に着いた。

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

▽里の秋さんへ
鶴が食用にされていた?驚きです!食用にするほど鶴が生息していたということもあるでしょうね。
里の秋さんのルーツは武士だったのですか!武士から町人へ、丁度時代の流れに乗ったのですね。それにしてもご先祖の家系がわかっているというのもかつては武士の家系だったからですね、きっと!私の先祖ってどんな家系だったんだろう?両親は亡くなって今となっては聞くこともできません。でも知りたい気がしますが・・・。
府中のくらやみ祭は奇祭の一つですね。私は初めてその祭りの名を知りました。秩父の火祭りはニュースなどで知ってましたが・・・。
まだまだ私の知らない有名な祭や奇祭があるのでしょうね~。

タムさんへ
八鶴湖の鶴には意味があったのですが、当時は食材になっていたとは驚きです。なぜこの地が大事なのかは軍事目的だったと言う節が有力です。東方を譜代と直轄軍で固める必要があったのでしょう。松尾藩は江戸太田家の所領で幕末静岡掛川から官軍に追われてこの地にやって来ました。最後の殿様太田資美の家臣だった我が家の先祖はこの地で町人になりました。
府中のくらやみ祭り、照明を消して渡御、朝4時に神輿還御、など最近めずらしい本気の祭りです。何度も
行ってますがなかなか良い写真は撮れません。

▽里の秋さんへ
元倡寺はそれだけ古い伝統のあるお寺というわけですね!「DO!トキガネットPRESS」発行のタウン誌<街波通信>があるのですが、つい最近その鷹狩りのための御成街道(船橋~東金約34㎞)のことを記事に書いていまして、御成街道の表道に当たる「おあし坂」を商工会と地主さんの協力で復元したことを伝えていました。そういえば次男を高校まで送っていく途中に今年になってから「〇〇坂入り口」という看板が立っていて「何だろう?」と思っていたのでこの記事で納得できました。機会を見てその「おあし坂」を歩いてみたいと思っています。
府中の「くらやみ祭」は祭の名のとおり、夜の祭なのでしょうか?納得のいくよい写真は撮れましたか?

>最近社寺の行事に惹かれるのは歳のせいでしょうか?
わかります、わかります、そのお気持!年をとるにつれ日本文化の良さ、自然の良さなどの価値が比重を増してきます。若いころには全く気も止めなかった事柄に深く興味を感じるようになりますね~。
奥様と同じで私も八街に来てから知りましたね、落花生のこと!かつてそのことも記事に書いてます。
書いて字のごとし、「落花生」は納得しました。
そして地元でしか味わえない「ゆで落花生」のおいしさにハマっています。(と言っても、今は冷凍物やレトルト物の「ゆで落花生」もできましたが・・・)
ぜひ、奥様にそのこともお伝えください

タムさんへ
元倡寺の九重の塔と言っても僅か3m程の石塔で江戸初期のもののため刻まれた文字も現在では読み取ることが出来なくなっております。以前チイ散歩で船橋大神宮が出てきました。宮司さんの説明では家康の鷹狩のコースになっておったようです。この神社よりさらに古い府中の大国魂神社の「くらやみ祭」に2日間通い写真を撮りに行ってきました。最近社寺の行事に惹かれるのは歳のせいでしょうか。それにしても、いきももの里の情報などふるさとの話には心が引かれます。いろいろ聞かせてください。
ところで東京生まれ東京育ちの家内の発言に驚いたのはピーナッツがどのように成るのか知らないと云うのです。今年の収穫期には是非八街方面に行かねばなりません。

▽里の秋さんへ
元倡寺は覚えていますが、九重の塔は忘れてしまいました。ごめんなさい!
東金と成東は隣同士!東金御殿の一帯にあたり何かと家康とのご縁もあるのもうなずけますね~。
江戸時代は九十九里が沼地だったのですか!はじめて知りました。そういえば、成東の食中植物群落も湿地帯でしたよね!沼地と関係あるかしら?沼地と湿地帯とは似かよっていても違うものなのかしら?
東金街道はもちろん東金まで続いていて、私の知っている道は千葉からです。別にやはり東金まで続く「御成(おなり)街道」と呼ばれる道がありやはり家康が鷹狩の際に通った道だといういわれがある道です。
将軍様のおなり~~」の言葉から付けられたと思うのですが・・・。

八鶴湖とはなつかしい所に行かれましたね湖と書かれていますが池と言わないところが由緒あることを意味しています。成東の元倡寺の九重の塔を覚えていますか。前の住職に聞いた話では東金御殿の用人野村三太夫?が寄進したと書かれています。家康は3度程この地を訪れています。当時九十九里平野は沼地で鶴の群生地で大好きな鷹狩に来るための別荘だったと聞いています。また津田沼駅の北側を東西に走る道を何故か東金街道と言います。学生時代に住んでいたので当時は意味が判らなかったのですが、家康が通ったため付いた名だと気が付きました。八鶴湖・元倡寺はつながっていました。この一帯は幕末まで天領だったのはそういう意味があったのでしょか。

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