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2011/07/07

おまえなしでは生きていけない 視聴感

6月末に全記事で紹介した番組を見た。その感想

藤田嗣治編

この作品は見逃してしまった。というのも録画設定する時、TVに番組表を出してカーソルで送りその番組の上でクリックして予約するのだが、NHKは当日一時間前に「おまえなしでは生きていけない」の番宣の番組を組んでいたらしくそれを録画してしまってがっくり!予告編しか見られず・・・。

内田百閒編

内田は作家だが、名前は知っていても作品を読んだことはなかった。百閒役を石橋蓮司さんが好演。その当時の着物姿が様になっていた。ずいぶんと変わり者でがんこ・偏屈なそれでいてどこか憎めない人柄。大の小鳥好きで家に何十羽も飼っていた。(TVではメジロだった)そんな百閒の庭先へ野良猫が現れるようになり、内縁の妻に追い払うように言う。ところがある日その野良猫が庭にある大きな甕(雨水をためる?)に落ちたのをきっかけに内田の心がかわる。百閒は学生時代に読んだ「吾輩は猫である」に感銘を受け、後に夏目漱石に弟子入りしている。その「吾輩は猫である」の中で猫が甕に落ちる一節があるとか・・・。運命を感じたのか、嫌っていた野良猫に餌を与え始めるのだ。水の嫌いな猫への詫びだという。さらにある時、自分のおかずの干物を残した。妻が「おきに召しませんでしたか?」と尋ねると野良猫にやる分だと言う。妻が「それなら家でその猫を飼いましょう!」と言うことになる。

それからは、猫可愛がり。猫に木製の寝床を用意したり、風呂の蓋の上に寝てしまっている猫をおこせず「どうしよう?」と裸のまま思案したり・・・。わかるわかる、猫好きの私としてはそんな気持ち。百閒は言う。「猫は素っ気ないからいい。恩に切るなぞは人間社会だけでたくさん!」

その猫はノラと名付けたが、ある日突然いなくなる。百閒が「ノラや」という随筆集を出した翌日のことだと言う。百閒は寝ても覚めてもノラのことが心配でなんと14年も探し続けたという。猫探しのビラが残っている。その文章も百閒独特の言い回しで、賞金まで付けている。英文で書いたものも子供向けに手書きで優しく書いた物まである。14年も探し続けるなんて、百閒のノラに対する強い愛情、さぞかし辛かっただろうと思われる心情を思うと後半はもう涙。涙。私もグチャグチャになってしまった。フィクションなら最後の最後にノラが現れてめでたし、めでたしで終わりにしたいが・・・・。

この番組をきっかけに私は内田百閒の本を読んでみたいと思った。もちろん、まずはじめは随筆集「ノラや」だ。

向田邦子編

向田邦子のドラマはいつくか見たことがある。「阿修羅の如く」や「父の詫び状」。でも、はるか遠いことなので中身はずいぶんと忘れてしまっている。

その向田さんも猫好きだったとは知らなかった。向田邦子役はミムラさん。好きな女優さんだ。映画雑誌社に勤めていた邦子は父がもらってきた猫「カリカ」を可愛がる。脚本家として売れ始めた娘の帰宅時間が遅いなど心配する堅物の父親。30代半ばでも嫁に行かぬ娘に仕事を辞めろと怒る。しかし、勝気で男まさりの邦子は認めるわけはない。父と衝突して家を出ることになる。その際、父の愛猫「カリカ」も連れ出す。

邦子には10年来の恋人がいた。相手は妻子のあるカメラマン。その男性は妻とは別居状態であった時に知り合うもやはり許されぬ恋だ。その男性が病に倒れ半身不随に。彼は将来を案じて自殺してしまうのだ。向田邦子を撮った写真がたくさん残されているが、それが実にきれいな邦子なのだ。プロが撮ったこともあるがその当時の邦子の恋が満たされていることが写真から見て取れた。

憔悴した邦子は一時すべて仕事を断っていた。それを案じた父が突然マンションに現れる。父は恋人の存在は知らなかったが、仕事をしていないことを心配したのかもしれない。そんな父が急逝する。次々と愛する人が逝ってしまう。しかし、その後、邦子は精力的に脚本を書きあっという間に売れっ子になった。「父の詫び状」や「寺内勘太郎一家」などはその父を描いた作品だったと知った。

邦子は仕事の合間を縫って度々海外旅行をしていた。タイで電撃的に恋人と遭遇。なんとそれは猫。「マミオ」と名付け日本に連れ帰る。二代目として溺愛したらしい。彼女の随筆の中に猫も多く登場していると言う。マミオと撮った写真もたくさんある。友人にもマミオをずいぶんと自慢にしていた模様。TVでは一匹だけだが一時は数匹飼っていたそうだ。

脚本家として名をあげた邦子にまたもや心配ごとが起こる。乳がんを患い片方を摘出。術後後遺症から右手が不自由に・・・。原稿を左手で書くようになる。それでも根性のある邦子は自前で右手のリハビリをする(アイロンがけを痛みに耐えてする等)。余命もどこ吹く風、リハビリに成功。そして、直木賞受賞、作家としても認められた。50歳の時のこと!

一年後、趣味の海外旅行に出る際、珍しく家の中をきれいにしていた。飛行機が苦手の邦子は旅に出る際はまさかのことが起こったら嫌だからわざと部屋を片づけることはしなかったのに、なぜかその旅の時は整理して台湾に旅立った。日本に向かう帰りの飛行機がまさかの墜落。向田邦子、51歳で逝去。

残されたマミオは妹さんに引き取られた。しかし、なかなかなついてくれなかったそうだ。飲まず食わずの日々が続き、ゲージからは夜中に出てきて邦子をあちこち探し回るマミオ。想像しただけでまたまた涙があふれてしまう 妹和子さんがインタビューで49日を過ぎた夜中に探し回るマミオの足を手で捕まえて話し合いをしたそうだ。「マミオ、これからは私(妹さんの和子さん)が主人だからね!!」って。マミオは抵抗しててのあちこちに噛みついた。でも、納得してそれからは妹さんを主人と認めたという。

妹さんの「マミオと話し合いした」と言う表現が、なんだか向田邦子の表現みたいだな~と感心した。

向田さんの書いたドラマをあらためて見たくなった。もちろん、書いた物は読んでみたい!あ~これでまた内田百閒に続きたくさん読まねば~~、楽しみが増えたと考えよう

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コメント

▽浜辺の月さんへ
いつもいつもコメントありがとうございます。
月さんにはそんなつらい経験があったのですね~
私は母の影響が大変強かったのだと思います。とても動物好きでしたから。猿とも仲が良くなるほどでしたから(*^m^)

生き物を飼うということはそれなりの覚悟が必要です。最後まで面倒をみることはもちろん動物をおいての宿泊を伴う旅行にはでかけられないことです。誰か面倒を見てくれる人がいない限り。
今はそれがちょっと辛いですね~。といっても、自分が拾ってきてしまったからにはそれも我慢しなけりゃと承知してますが・・・。

こんばんは、お久しぶりです。
お元気ですか?
お前なしでは生きていけないーーーそう言える相手、
たとえ猫でもいたらいいですねーーー。
もちろん子供とかも大切な人、母も主人も大切な人
だけれども、飼った動物にはそれほど、愛情を注いだ
ことがありません。
大体世話はわたしや、母がしていたのですが、
母が根をあげたり、わたしがうっかりしていたりして
いて、死なせてしまったり、逃げられてしまったり、
飼い方を研究していないでいきなり飼ったりした
ためや、家族の強い反対にあったりで、酷い時は
屠殺場へ連れて行ったこともあります。
父が「屠殺場へ連れて行け!!!!」と、わたしを
怒鳴りつけました。
わたしが「飼いましょう」と言って飼った動物は
1匹もいないのに世話と、始末はわたしでした。
しかも運転出来ないので、タクシーまでやとって
屠殺場へ連れて行って、・・・・。
その子の悲壮な声を聞いて泣きたい気分でした。
飼うと言って連れて帰った人は世話もせず、始末も
せず・・・・・です。
動物にはこんな悲しい思い出があるので、もう二度と
飼えません。
「屠殺場へ連れて行け!!!」と言った人はまだまだ
元気ですから、尚更飼えないですね。

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