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2011/08/20

ノラや 内田百閒

 「おまえなしでは生きていけない」というTV番組を見たのが縁で猫好きの作家たちの本を読み始めた。

 

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まずは、内田百閒の随筆集「ノラや」。明治半ば生まれの百閒の文章は昔の綴り方どおり(正式には歴史的かなづかいと言うそう、この言葉も勉強になった)ではじめは読みづらく抵抗があった。(例えば、○○がゐた とか 飼つてやらうかと云ふ とか お願ひ申します 等)。しかしそれも文章の面白さに惹きつけられしだいに慣れていった。

  ふとした縁で野良猫を家猫として飼うことになった百閒。その猫「ノラ」を愛し、猫の動作、しぐさを機知に富んだ文章で綴って愉快だったが、そのノラがある日失踪する。それからは猫好き読者としては百閒と同様、涙、涙だ。

序章は猫との出会い、家猫として飼うようになったいきさつや猫好きには「うんうん、そうそう」と言わせるエピソードが楽しめた。しかし、ノラが失踪してからの百閒の悲しみの文章にはとても胸が痛む。短い日記を付けていて毎日のように涙を流す百閒。探すために新聞広告、折り込みチラシ、英文広告まで数回出す。日記にはノラがいなくなってからの日数「○○日目」も綴り、広告を見て知らせてくれた人の家に妻や編集者、親しい者に向かわせ、時には埋められた死体までも掘り起こして確認させていた。

ノラがいなくなってから、次の野良猫が住み着くようになる。ノラ似のその猫はドイツ語で小さいという意味の「クルツ」と名付け、愛称「クル」で呼んだ。普通、次の猫が現れたら以前の猫のことは薄れていくと思われるのだが、百閒はいつまでもノラを探し続ける。ノラのいなくなった寂しさは2代目クルツでずいぶんと癒されただろうと猫好き読者として安堵した。

そのノラも5年以上生きた。ケンカっぱやくてずいぶんと怪我をして百閒をひやひやさせ、,動物病院にたびたび世話になった。ある夏の日、よたよた歩くクルツに往診を依頼。獣医は夏風邪に下痢だと言う。しかしその日以来元気をなくし弱っていくクルツ。職業柄、起きるのが遅い百閒だったが、心配でそれからは朝早く目覚めるようになり早朝クルツを覗き込む。往診は11日間も続けられた。そしてついにクルツは介護される中家族に撫でられながら息をひきとった。夫婦と女中の三人で号泣したと日記に書かれていた。

そのクルツの命日は昨日、8月19日クルツ、おまえは良く百閒先生をノラに変わって癒してくれたね、ありがとうと私からも言いたい。

失踪したままのノラと違いクルツは庭に手厚く埋葬された。

あらためて思う。百閒のノラやクルツに対する愛情は猫好きを自負する私でさえ遠く及ばない。ノラ(失踪後は知らないが)やクルツは幸せな猫生(人生ではなく・・・)だったことだろう。百閒は昭和46年に没。

その後は天国でノラやクルツと楽しく暮らしていることだろう。

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