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2013/09/25

2013 富士登山にチャレンジ その後

shock富士登山から帰った翌日、私たちは悲鳴をあげる。足が極度の筋肉痛なのだ!

年をとると筋肉痛は2~3日後に出てくるものだが、今回は相当に早かった。症状としてはうさぎ跳びをやった跡の筋肉痛と同じ。足の筋肉を伸ばしたり縮めたりする動作は相当にきつい!特に太ももの前側とふくらはぎが痛~~い。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

これは3日間は続いた。

tv帰った二日後、日曜日関東圏のTBS「噂!の東京マガジン」って番組を夫と見ていた。番組の中に「噂の現場」というコーナーがあって、この日偶然に「世界遺産 富士山の現状」(クリックしてみてくださいを伝えていた。

確かに言える、まだ問題はたくさんあるなと!この日、取材したのはタレントの清水国明さん。この現場の報告の後にスタジオの他のタレントたちからからかわれていたのが、1枚の写真!清水さんが馬に乗って下山していたのだ。それを見て二人で大笑いした!(*≧ε≦*)φプププ 河口湖湖畔に住み、自分でログハウスを建てたりするアウトドア派の清水さんが富士登山が初とは意外だったfuji

heart04富士登山後、もっと登山をしてみたい!って衝動が起こってきた。それは3人とも共通の思いだ!将来的には本格的に縦走などしてみたい。でも、本格的な登山は初心者にとって個人で行動するのは非常に危険だ。そこで私は前から目をつけていた登山サークルに入ることに決めた。夫も加入したいというので二人で申し込みも済ました。

千葉県在住の方を対象にしたハイキンググループで毎月2回は山行を企画している。毎回は無理でも近く参加したいとは思っている。

息子は息子でネットで千葉県内に住む夫婦で山登りを楽しむ人のブログを見つけ、その記事を参考に行けそうな山を候補に挙げてくるほどに。

それとは別にこの月末に会津・磐梯の旅を考えていて、そこに急きょ「磐梯山登山」を組み入れることにした。移動はマイカーなので荷物が増えても大丈夫だ。

今から楽しみ。心配なのは天気だ。風雨が激しいようなら登山は中止して他の観光に変更は可能だが、やっぱり山には登りたい。あとは神に祈るばかりだ(-人-)

2013 富士登山にチャレンジ⑧

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なんとか七合目に着いた。富さんが「もうこれ以上歩いたら明日以降本当に歩けなくなるから止めましょう!それに10時までに間に合いません。馬を呼びますから。」そして夫の両足をテーピングでグルグル巻にしてくれた。

今風に言えば、「じぇ、じぇ、じぇ~~~!!!(゚ロ゚屮)屮」 馬のお世話になるなんて人ごとに考えてたら我がファミリーに縁があるとは・・・

確か七合目からは3万円だったはず・・・お財布を確かめてしまった(;;;´Д`)ゝなんとか入っていたが・・・

富さんが「もう少し下りたら半額で済みますから。」と知り合いの山岳ガイドさんを呼んで(たぶんたまたま近くに仕事でいらしたと思われます)その地点まで夫を両脇から抱えてくださって下りてくださった。坂道を大の大人を抱えてって大変だったと思う。息子が夫の荷物も持って私たちはそのあとをついていった。七合目と六合目の間に岩からの落石防護壁の様なものがあり、そこでしばらく待つと下から馬が上がってきた。私は迷惑をかけてしまったことに心が痛み、気持ちを表すためわずかだがチップを渡すと「仕事ですから」と頑として受け取らない。無理やりポケットに押し込んだ。夫は馬に乗ることも大変だったほど!

六合目にも馬の駐留所があった。そこで支払いを済まし、私と息子は先に下山するよう言われた。時刻は9時を回っていたと思う。五合目のレストハウス街に着くと、あわてて土産物など購入した。

店から出てくると、夫は馬の駐留場のベンチに座って待っていた。足はまだ回復していなく私と息子で抱えてなんとか駐車場のバスまで移動。10時まではギリギリ間に合った。

他のみんなは私たち家族に何があったか知らないらしい。それにしても私たちよりも年齢が上と思われる方やご夫婦もチャンと元気でいらしてる。すごく恥ずかしくなる。夫も同じ、自分が情けないと言っていた。

出発直前、富森ガイドがバスに乗り込み挨拶をした。「無事、下山できたことをうれしく思います。冬には北海道・ニセコでスキーのインストラクターをやってます。スキーをする方はまたそこで会えると良いですね。是非、いらしてください。」

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バスの中だったのであらためて富さんにお礼を言えなかったのが残念。富さんは笑顔を満面にバスが見えなくなるまで両手で手をふり続けてくれた。

「ありがとうございました!」心の中で叫んでいた!

バスはこの後、山中湖の「紅富士の湯」という温泉施設に寄り登山の疲れと汗を落とし、昼食をとって岐路に着いた。

その時は夢中で写真を撮り忘れたのが、夫が馬に揺られ下山しているところ。すごく残念だ(´,_ゝ`)プッ その後、家に着くまでには何とかゆっくり歩けるように回復したのでご安心を!

2013 富士登山にチャレンジ⑦

山頂へ行ったメンバーが早く山小屋に戻ったため下山の出発時間が早まった。ゆうべ渡された朝食用弁当を食べたか聞いたらまだだと言う。八合目からの登山路は相当に混んで時間がかかったらしいのだ。夫と息子はそんな中「2013年8月23日登頂」の刻印がされたキーホルダーは求めてきた。私の分まで買って来てくれたことは感謝だが気持ちは微妙(笑)。

午前6時に山小屋を出発。ほどなく吉田口に通ずる下山専用路に出た。ここで一旦歩行を止められ富さんが説明した。「下山は結構足に負担を要するので、歩きの遅い人に合わせると早い人の足には相当負担をかけることになります。そのためここからは各自のペースで下りてください!ガレ場で歩きにくいのでしっかり足つけて転倒しないよう注意してください。下山したら名簿の自分の名前に必ずチェックを入れてください。バスの出発時間は10時とします。」

下山路は確かに幅が広く、早い人は後ろから余裕で前の人を追い抜けられた。夫がこそっと私に言った。「実は山頂から山小屋までの下山ですでに足がガクガクしてる。五合目まで下りられるか不安だsad」 以前、キャンプでお試し登山をして七合目から五合目まで下りた時にも足がガタガタになったことがあったのだ。「まあ、自分のペースで下りれば大丈夫でしょう。」と軽く受け流した私だった。

125下山路はまたまたジグザグが果てしなく続く。おまけに下山だから遠くまでの道がよく見えるため一層、まだあんなに距離があるのと途方にくれてしまうのだ。足場は火山岩の細かいものがゴロゴロとして滑りやすいのだ。私の目の前で何人か足を滑らせしりもちを着く人を見かけたものだ。確かに膝にブレーキをかけるため負担が相当にかかってしまう。息子は若さで結構早いペース。私は遅い方かなと思いきや、心配される夫はもっともっと遅い。時々先に行ったものがカーブ付近で遅い者を待つという形で進んだが、夫はしだいに顔を歪めながら進むようになる。しかも休みも多くなる。「先に行ってくれよ!」と待たれることがプレッシャーになるようだった。

仕方なく先に進む。夫との距離は離れるばかり・・・。七合目に唯一、休憩場所とトイレがある場所に出た。そこで先に行った息子が待っていた。私も休憩を兼ね待つことに・・・。富森ガイドもいた。どうやら夫がこの団体の最後の下山者のようだ。夫を待ってくれていたのだ。夫はどこだと見やるがなかなか見つからない。たぶん30分近くたった頃、やっと見えるようになった。その歩みは遅々として進まない。歩く姿はお年寄りがヨチヨチ歩く様な感じ。顔は苦虫をかんだように歪んでいた。あともうちょっとなのに休んでばかりいてイライラするほどだ。見かねて私は下山路を登り始めて夫を迎えに行った。ザックを私が背負ってちょっと夫を抱えるようにして・・・夫は足が痛くて完全にだめらしい!困った、どうやってこれから下山するの???

2013/09/16

2013 富士登山にチャレンジ⑥

山小屋からもご来光を見ることができると聞いてラッキーgood この日の日の出は5時頃。胃がすっきりして頭痛も無くなっていた。これもラッキーhappy01。薄手のダウンを着て早めに山小屋前に出ると目の前は白い雲だらけ?!これでご来光は見られるの?山小屋のスタッフに聞いたら見られることもあると言う。風があり雲は早く流れていた。他の登山者も数人カメラを構えて待っていた。半信半疑で待つことにした。時刻は5時3分位。誰かが「見えそう!」と声を発した。確かにうっすらボヤッと赤みがさしているような・・・。雲が流れてその切れ目に少しづつ太陽の色が見えたり隠れたりしながら濃さを増していっているような・・・・。

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下の方から若い女性たちの感嘆の声が聞こえてきた。確かに雲の合間合間に見え隠れするご来光!

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123完全に見えた時は拍手も沸き起こった。私もおんなじ気持ち、一緒に拍手した!

富士登山の制覇はできなかったが、ご来光が拝めたことでそれだけでも満足。

ほんの10分位だったが、体が冷えて手もかじかんで来てしまった。(手袋してなかったhappy02

山小屋に入って下山のための用意を始めた。山頂に出かけた皆はまだまだ帰って来ないだろう。のんびりと荷物の入れ替えやら整理をしていたらほんの10分ほどで帰ってきたから驚き。なんでも、山頂では完全に雲がかかりご来光は見られないと判断した富さんガイドが下で見ようと早めに下りてきたらしい!山小屋のちょっと上でご来光を見てきたとのこだった。なんだ、私と同じような場所でみたんだ!引け目を感じる必要はない。皆、同じような場所でご来光を見ていたんだから。救われた思いがした。

2013 富士登山にチャレンジ⑤

山小屋での食後(私は食べていないが)、明日の朝食用弁当が渡されたのには驚いた!ゆっくりする間もなくすぐ寝部屋でご来光を見るための仮眠する指示が出された。男女に別れると思ったらそれも無し。しかも一人のスペースが幅50㎝くらいの狭さ。隣との間もない。薄めの布団の上に寝袋が置かれ上に毛布が1枚置かれていた。寝部屋は上下段になっていて私たちは下の段だが上段との高さがあまりなく女の私でも頭をぶつけそうなくらい。枕の上側に30センチ程のスペースと壁にフックはあった。ザックなどはそこに置いた。しかし灯りがなく、皆用意してきたヘッドライトで手元をてらして荷物整理などした。山小屋って皆こんな感じなのかな?

私は汗をかいた下着を着替えたいのだがその場では無理だ。更衣室があると聞いたのでそちらで着替えた。その頃からやたらゲップが出るようになる。洗面所があると聞いたので場所を聞くとトイレの手洗いの場所で一番小さな大きさの洗面所。しかも蛇口を捻っても手だけでも洗いにくいほどのチョロチョロの水の出。歯磨きも洗面もあきらめた。寝床に戻り、薄暗い中でザックをかきまわして汗吹き用の除菌ウェットタオルで顔を拭った。ついでにできる範囲の体も拭いた。早く寝付いて体調を整えなければならない。

寝袋に入ってからもすぐには寝付けない。その間に改めて今日を振り返ってみた。始めは水分をなるべく取っていた。しかし、それほどのどの渇きを感じなかったので後半はゴクゴクのむことはなかった。私は大丈夫だと過信していた。おまけに前日、昼寝をしたため夜眠くならず、結局寝不足状態だったことも響いたと思う。八合目から足が重くなったのも高山病にかかり始めていたせいだったのかも?

そんなことを考えていたら本当に吐き気が起こってきた!あわてて口を押えて財布を片手に飛び起きトイレに駆け込んだ。これで高山病にかかったことは決定的になった!夫が心配してくれ見に来てくれた。富さんが言った言葉がよみがえる。「酸素を吸うのはこれ以上上に登らないとしたときだけにして!」って。これ以上ひどくなるのを恐れ私は決意した。酸素缶(高!!五合目では¥850が¥1500)を購入、その場で吸った。これはご来光を見に山頂には登らないということだ。そう、あきらめたのだ。団体行動で皆に迷惑はかけられない。決めたらそれほど大きなショックは感じなかった。山小屋の人が見かねてエチケット袋をくださった。ありがたい。

再度、横になると吐いたことで胃がすっきりし眠りにつけた。1時半頃か起床の声がかかった。夫や長男はよく眠れなかったとぼやく。皆、防寒着を来て食堂に集合し注意事項などを聞いて登頂に出発していった。私は居残り。私以外にもう一人体調が悪く参加しない人がいると聞いてちょっと安心した。

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途中で起きたせいか、高山病のせいか少々頭痛がした。目が覚めてしまったのを機に水分補給し、下山の時に着る防寒着や明日必要なものを出したりとザックの中の整理などしていたら、また強い吐き気が急激に起こる。今度は間に合わなそう。頂いたエチケット袋が役にたった。そのあと、お腹の調子もおかしく何度かトイレに駆け込み、小銭がなくなってしまったほど!酸素缶は気休めだったのかしら?ひどくなっている。あわててまた横になった。寝部屋が静かだったせいか今度はちょっとぐっすり寝られたようだ。ご来光の時間に(山小屋からも見えるそうだ)起こされるまで熟睡できた。

写真は八合目の休憩時 ちょっと薄暗くなってきていた。

2013/09/13

2013 富士登山にチャレンジ④

富さんが「下山者に道を譲ってください!」と上から声をかけてきた。確か、吉田口ルートは登りルートと下りルートに別れているはず。不思議に感じていたら、上から下りてきた中年男性がいた。誰かに尋ねられたか、「血が止まらないんです!」と言う。よく見たら、頭に怪我しているようで応急処置をしたらしい白い布の上の帽子に血が滲んでいた。後ろから付添いの人も同行していた。登山途中の事故、実際にこんなこともあるんだと肝に銘じなければと思った。富さんが言うには、「岩にぶつけたんじゃないかな?」って。実際、下ばかり見てると横に突き出た岩があったりした。

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7合目を過ぎると山小屋が乱立している!ちょっと景観はよくないが、休憩が取りやすくなるのも事実。8合目までの半ばあたりでガスはなくなり晴れてきた。山の天候が変わりやすいと聞くがまさにそうだった!このあたりで3000メートル地点と聞いてその場で皆で「万歳」をしたりした。 休憩を多くとったこともあるが7合目から8合目までは結構時間を要した。

7合目を出たのが15:20頃。8合目到着が17:00頃。私たちの宿泊する山小屋は本8合目にある。じゃぁ、8合目って何?って話だ!

地図を載せてみました!確認してくださいね!要するに、本8合目って8、5合目くらいってことかな(笑)

Photo8合目の気温は9度だった!動いているときは感じなかったが、休んでいると汗をかいて吸った下着がかなり冷たく感じた。寒い位!登山ガイドブックを見た時、下着は速乾性の化繊が良いとあったが今となっては後の祭りとなったweep

この後、足が相当重くなってきた。予定では明るいうちに宿につくはずが日が暮れてきて暗くなってきた。足が動かない。背中は冷たい。一分でも早く宿について足を伸ばしたいのに・・・。いつの間にか家族からもずっと離れたみたいで一番最後に山小屋に入ったのは私だったようだ!

7時をとっくに回っていた。先についたメンバーは食堂の席についていた。着いたと思ったら荷物を下すのもそこそこに夕食だった!定番のカレーライスは冷めたもの。山小屋だから仕方がないのか??いざ食べようとしたときに手先がジンジンしびれているのがわかった!食欲もないが無理して一口二口食べたが・・・。富さんが様子を見に来てくれたので「手先がしびれているんです!」と言ったら、「それは高山病ですね!」って!

ええっっっ・・・・・・アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!私の知っている高山病の症状って、頭痛、吐き気だから。富さんが言うには高山病って血液の循環が悪くなるという。だから、症状としてはしびれも現れるわけかdown食事は残して息子に食べてもらうことにした。

でもその時点では、頭痛も吐き気もなかったから高山病とは少々納得いかなかった。明日のご来光を見るための出発時間(AM2:00)までに症状が改善されなければ無理をせず登頂はあきらめなければいけなくなってしまった(u_u。)。 一応、この山小屋までの標高は3450メートルだそうだ!ここまで来たのに・・・・。

2013/09/12

2013 富士登山にチャレンジ③

八月の下旬という時期で多少は人の数が減っているのを期待したが、まだまだ多い登山者たち!山ガールに若者グループ、中高年のグループ。さすが日本の富士を感じるのが外国人の多さ!単独で割と軽装で登っていく人、仲よさそうに登っていく若いカップル、ファミリーで。

私たちの団体は始めこそしゃべりながら登っていたのだが、7合目までのジグザグ坂の途中からは話す余裕も徐々に無くなってきた!富さん(山岳ガイドさん)の「足元ばかり見てないでたまには周りの景色も見よう!」の言葉で気付かされた。五合目辺りからのまだ木々が生えてる山模様を見て感激。確かに標高は上がってきていた。「次の○○辺りで休憩するよ!」と声がかかると誰ともなく「ウォ~」と声があがる!皆つかれ始めてきていて、喜びの声を発したのだ。休憩時には行動食(おやつ)を積極的に取る。六合目辺りまでは汗ばんでいたが気温は少しずつ下がっている様で風が冷たくなり心地よい!そしてやっと七合目に到着。

091スバルライン五合目ではペットボトル500mlが¥200円で売られていたが、ここでは一本¥400円也sign02まだ水は残っているので買わないが・・・。

我がファミリーは滑りやすい富士山の足場対策にストックを購入、利用していたが、五合目で金剛杖(木杖)を手に入れた人は各山小屋ごとに○合目という焼印(有料)をしてもらっていた。それも記念になってよかったかな?ちょっと惜しい気がした。

ちょっと長めの休憩のあと八合目を目指す!ここからはしばらく岩場が続ききついと聞いていた。ここまでは道が比較的広かったが、ここからは狭く岩場のせいもあり渋滞が始まった!ちょっと進んで立ち止まるを繰り返す。初心者にとってはそうとうゆっくりで逆に助かるが・・・・。気温も徐々に下がってきていて長袖の上にウインドブレーカーを羽織った。ちょっとガスもかかってきた!

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2013/09/07

2013 富士登山にチャレンジ②

簡単に「富士山に登る!」と意気込んだものの、富士登山には本格的に登山用品が必要だ。登山靴、ザック、レインウエアは最低必要だし、登山ウエア類も・・・・。私は今後も登山を趣味にするつもりだから多少の出費は仕方がないが・・・あとの二人は今回だけ?長男は安いものを購入。ところが何をするにも恰好から入る夫は・・・。「今後も登山するの?」私の強い口調からか意外な反応があった。「俺も登山を趣味にするよ!」「それ、ホントだよねupannoy

夫からそんな言葉が出るなんて信じられなかった!冗談では「山小屋にウォシュレットないからな~、それがネックだよな」とか「将来は海が見える場所に住みたい」と海派だったのだから。とにかく、うれしい誤算。将来は夫婦で同じ趣味にできるかも?まだ、どうなるかは定かでないが・・・。ウォーキングも共に続けているし、歩くことはある程度抵抗はないはずだから。

というわけで、登山用品店に数度足を運び(多大な出費には泣けた(´;ω;`)ウウ・・・)装備は整え、早朝6時半に八街を出発。参加者は総勢27名。添乗員は若い女性2名。既に登山ウエアを着用していた!事前の手紙では添乗員は登山をしないと書かれていたが一緒に登るらしい。バスは途中、首都高で渋滞にはまりながらも中央高速に入り、河口湖方面へ。途中から富士が見えるかなと思ったが雲に隠れて見られず・・・登山中も雲の中かしらと残念に思った。昼食はバス内。富士スバルラインに入り目指すは富士吉田スバルライン口。富士登山の半数以上はこちらから登るという人気の場所。ついてみたらなるほど富士山銀座というくらいレストハウスはたくさんあるしその人の多いこと!以前行った富士宮口とは比べられないほど!

085まずは五合目で1時間ほどブラブラして体を気圧に慣らす。あるレストハウスの奥に本日登山予定者の名が張られていてそれを確認。ちょっと土産物店の覗いたり記念撮影をしたりとして過ごす。後半、山岳ガイドさんが現れた。富森さんという中年男性。色が浅黒くいかにもスポーツマンという感じ。かっこいい!まず始めに登山時の注意点や高山病にかからないための方法などを聞いた。

①水は多量に飲むこと!山頂までに2ℓは取る。②万一、高山病になったとき酸素缶で吸入するときはもうこれ以上登らないという地点で取り入れる(折角気圧に慣れたのをリセットしてしまいがちで、上に行くともっと症状がひどくなるため) ③できるだけ、深呼吸をしながら登る、話をしながらでもよい!

水は初めから2ℓを背負っていくと疲労の元。負担になるため、途中途中の山小屋売店にて不足分を購入したほうが良いとのこと!

午後1時半。いよいよ富士登山開始となる。気温はちょっと涼しい20度弱か?長袖を来ても暑くない程度。六合目に向かう途中、馬が数頭、駐留させられていた。?観光に来た人が六合目くらいまで馬に揺られていくのかしら?と思ったが、山岳ガイドの富森さんが説明してくれた。途中で怪我や病気で動けなくなったときに馬のお世話になるらしい!7合目なら3万円、6合目なら1万5千円だってΣ(゚д゚lll)! 絶対にお世話になりたくない。馬もかわいそうだしね~weep

六合目まではダラダラとした登り。ここで休憩。次の山小屋までは少々時間がかかるとのことでトイレを済ます。ここで注意!富士山では水が貴重なもの。トイレは皆、有料だ。なんと1回¥200。水洗ではあるが用を済ました後、先端がピストル状のホースを手にたまった汚物に勢いよく水をかけるとその重さでくぼんだ下の蓋が下にあき流されていくという仕組みになっていた。富士山ではバイオトイレになっているというが、バイオの力で汚物が分解されていくのか?いずれにしてもこの人の多さから多量だと思われる。自分も登っていながら、早く登山者人数の制限を取るべきだと強く感じた( ゚皿゚)キーッ!!

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ここからゴロゴロとした石交じりの砂場。しかもジグザグが永遠に続く気がするほど長かった!

2013/09/03

2013 富士登山にチャレンジ

2013年、富士山が世界遺産に登録された。だからってわけでなく以前から「富士登山」に挑戦し日本一の山を制覇してみたいとは考えていた。

子供たちが小・中・高生までは家族で夏キャンプに出かけたものだ。富士五湖方面には4回ほど出かけた。その際、五合目富士宮口までドライブし観光気分でお試し登山(何の装備もせず)をして一度目は6合目まで、2度目は7合目まで登ったことがあった。間近の富士は想像以上に雄大で「いつかきちんと頂上まで登ろう」と子供と約束したものだった。

自分の時間が自由に持てるようになったら将来は「登山」を趣味にしたいという夢はずーっと持っていた。そのため、健康と将来の夢に備えて「ウォーキング」をはじめた。もうじき10年になる。子供たちも長男は就職が決まり、次男は大学2年生。義父が他界したため介護関係の時間からも解放された。

山登りは一人では危険だし山小屋の手配等もわからない。ところが数年前から富士登山を企画するバスツァーがあることを知った。初登山はそれを利用しようとは思っていた。6月末に何気に新聞の折込チラシを見ていたら、旅行会社の企画に「はじめての富士登山」というものがあった!ちょっと割高だが、バスが所々に寄ってくれて、私なら八街市役所から乗れて帰りも市役所でおろしてくれるという利点がある。登山の荷物を抱えての移動も楽。おまけに初心者向けに「山岳ガイド」がつくというのも気に入って即、このツァーに参加を決めた。なんとバイトを休んで長男も参加したいと言う。意外だったのが、それなら俺も行くと夫が参加を表明したこと!留守中は次男と義理の妹さんに猫の世話を託して3人で出かけることとなった。

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世界遺産後、富士登山者が急増していると聞いているので8月末の最後の企画日に申し込みをした。2週間前に旅行者から連絡があり最終日は人員が集まらず決行できるかわからないというので、繰り上げで8月22~23日に参加してきた。

詳細は後日、アップします!

2013/09/02

猫屋敷化への物語 番外編

ちょっと伏せておいたことがある。実は夫の妹さん、私的な事情から我が家に戻ってきた。ちょうど介護施設に入った義父の部屋が空いているのでそこに入ってもらった。その際、やはり猫好きの家系らしく2匹の猫を連れて来た。その2匹はほとんどその部屋から出さない様にして飼っていたがいつしかそれ以外にも出入りするようになり・・・・ということは現実の我が家には全部で10匹の猫が存在している。

介護施設で療養していた義父が突然亡くなってしまった!ほんの数日前に会ったばかりだったのに・・・。予想より心臓が弱っていたらしい。49日、100日の法要とつい先日、新盆も無事終えたばかり。天国でお父さんは言っているかもしれない。

「俺のいない留守にこんなにたくさん猫を飼いやがって!」 そう、義父は猫が嫌いだったのだ!元気なころには絶対に義父の部屋に行かせないよういろいろ工夫して数匹は飼っていたが・・・・。お父さん、ほんとごめんなさいm(_ _)m

猫たちのお顔はそれぞれに後日アップします。これだけいると、あとから飼った猫の写真って撮らなくなってしまってます。チャンと撮り終えて、紹介しますね!しばし、お待ちを!!!

猫屋敷化への物語⑪

この物語は⑩で完結かと思われたかもしれない。しかし、まだ続きがあるのです(´Д`;≡;´Д`)アワアワ

チャツーの避妊手術は無事に済み、それをきっかけに我が家の猫になるからには室内飼いにすることに決めた。そのため、野良として自由気ままに戸外生活をしていたチャツーは予想していたが「お外、お外」のコールがしばしかかる。つらいがそこはじっと我慢し続けた。途中、その鳴き声にほだされそうになりながらも・・・・一か月もすると猫の方もあきらめたか鳴くことがなくなってきてやれやれだった。子猫のフク(福)は兄弟のシッポナとよく遊ぶようになるもやはり人間不信。近づくものならばすぐ家具等のかげに隠れて出てこない。それでもなんとか捕まえてキャリーケースに入れ、シッポナと一緒に我が家の猫たちがお世話になっている獣医に予防接種をしていただく。フクは診療台に足裏からの冷や汗をベタベタとつけるほど・・・恐怖だったらしい。家に連れ帰ると一目散にシッポナ(この子も真は臆病)ともども影に隠れ半日は姿を現さなかった。

そんなこんなで我が家の猫数7匹。以前からいた4匹対新しい3匹。お互いにフーと怒ったり猫パンチを食らわせたりしながらも時がしだいに解決させてくれた。仲良しになるわけではないがそこにいる存在を認め始め、すれ違ってもなんでもないように素通りするようになる。ここまでくれば安心。人間が留守にした際のいざこざもなくなるだろう!

チャツー一家が我が家に入って半年以上が過ぎ夏がやってきた。その安定の隙をついて一匹のはたまた茶トラ猫が我が家の庭に登場。忘れもしない学生たちの夏休み初日に(2012・7・20)現れた。すご~~く人懐こい猫だった。サッシを開けた隙に我が家に上り込んだのだ。あまりにも突然だったこともあり我が家の猫たちは威嚇するのを忘れ、ぽか~~ん。

他の猫を見ても何も動じない大胆な雄猫。ほんとその度胸はすごすぎ!というか、まだ場の雰囲気を読めない子供猫かもしれない。体つきは細身で、シッポナ」とフクよりちょっと小さいくらい?この子は毎日我が家に通ってくるようになった。夫は調子のいいことに「飼っちゃえば」だって!もう完全に麻痺している我が家の家族。

あまりの人懐こさにこの子も引き取ることとなる。ノミ駆除のためと汚れを取るため早速シャンプーしてあげた。これがまた嫌がるでもなく抵抗しないのだ。これにも驚いた!しかし、難点はあり我が家の猫たちを追いかけまわす癖があった。以前の猫たちにとっては厄介な奴がやってきたと思っただろう。

その子(ホントに精神は子供っぽい!)は♂。夏にやってきたので「ナッチ」となずけた。それからもう一点、よく鳴く猫で声も大きい。そのうるささに耐えられず、チャツーの時とは違って人間が耐えられなく、お外も自由に出させるという飼い方。他の猫からしたら、ますます「なんでアイツだけ?」というブーイングが聞こえてきそうな気がした。これがまたチャンと我が家に帰ってきて「入れて~」と鳴くんだ!どこかに行ってしまうことなく・・・・。今思えば、チャツーの子で交通事故でなくなった猫の身代わりとしてやってきたのかもしれない。

こうして我が家は合計、8匹の猫のいる屋敷となる。人が歩けば棒、いや猫にあたるhappy02

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