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2014/08/30

いすみ鉄道 ランチクルーズ

先月、幸町母の会の記事で紹介した「いすみ鉄道」。今度はその列車に乗ってランチを楽しんできた。

きっかけはTV番組。NHKBSプレミアムの番組に「鉄道ぶらり旅」がある。7月のはじめ頃に「いすみ鉄道」を取り上げていて、そこで紹介していた列車に乗って楽しむランチクルーズ。夫が体験してみたい!とすごくノリキになり、あれよあれよと予約をしてしまった。いすみ鉄道の始発・終点駅に「大原」と言う駅がある。大原は漁港がありそこから上がる新鮮な魚介を使用してのイタリアンフルコース。私も釣られてワクワクしてきた。

旧国鉄時代に活躍し鉄道ファンも多い「キハ」という型の列車を食堂車に改造して、普通列車と連結し通常時刻どおりに運行されるらしい。

追記:後の写真の食べ物の他にバスケットいっぱいのパン(フォッカチャ?クルミ入りパン)とフリードリンク(アルコールのワイン等も含む) 飲み放題でした。

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2014/08/27

長野 松本・安曇野の旅③

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

午後は安曇野へ向かう。ガイドブックを見たら、あちこち美術館があるようだ。その中に「いわさきちひろ」の美術館があった。彼女の描く絵は優しく、淡い色合いで好きだ。都内にちひろ美術館があるとは聞いていたが訪れたことはない。安曇野にも別館ができていることも知らなかった。そこに向かう。正式には安曇野町のとなりの松川村にあった。

安曇野ちひろ美術館

047美術館の前はとても広々とした芝生の公園になっていた。浅い池では小さな子供が中に入って楽しそうに遊んでいる姿があった。夫は私任せで旅をしているので、岩崎ちひろを知らない。「絶対どこかで見たことのある絵だと思うよ!」とだけ話しておいた。

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025左の写真は独身の頃、どこかで手に入れたちひろの絵(はがき)を気に入って壁に飾っていた。今も手元にある1枚だ。母から「お前は寂しい絵が好きなんだね~」と言われたのを覚えている。<絵の題名:小指を口にあてる少女>

美術館のパンフレット 「人と作品」より抜粋

1918年~1974年。子どもを生涯のテーマとして描き続けた画家。彼女の作品は、母親として子育てをしながら子どものスケッチを積み重ねるなかでうまれた。水墨画の技法にも通じる、にじみ・ぼかしを生かした独特な水彩画。青春時代に戦争を体験したちひろは「世界中のこどもみんなに平和としあわせを」をという言葉を残す。彼女の描いた子どもや花は、命の輝き、平和の大切さを語り続けている。

彼女は肝臓がんのため、55歳の若さで亡くなっている。

ちひろの絵はほとんどが寂しい感じがするのはなぜだろう?(無邪気な絵もあるが・・・)でも、そのひとつひとつに引き付けられる。館内の作品は定期的に変えられるという。夫はどこかで見たことのある絵だとわかったようだ。観終わってから、売店で記念に作品のレプリカを買おうとするがどれも魅力的でなかなか決められない。

別冊太陽で岩崎ちひろを特集した本と夏向きな絵の色紙を購入。驚いたことに夫も購入。展示してあった中の1枚が書かれている絵本「戦火の中の子どもたち」。付いてきただけでなく感動してくれたことがうれしかった。

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続いて、ワサビ田の風景を見たくて「大王わさび農場」へ。
着いてみてびっくり!駐車場はいっぱい。観光バスもたくさん停まっていた。
農場の脇には安曇野を代表する清流「蓼川」が流れている。この場所は数年前の朝ドラ「おひさま」のロケ地だった。

053その川も今は観光客の乗ったクリアボートであふれていてのどかな川沿いを歩くという気分にはなれないな~。

051一方、わさび田の中もひろ~い。散策路と言うよりウォーキングコースみたいだ。

054_2ガイドブックに載っている写真は青々としたわさびの葉が並ぶものだが、実際は黒い日よけがかぶせられていて残念。わさびは直射日光が苦手とか!本の写真は見栄え良くその時だけ外して撮ったのだ。とても残念。しかし、このひろ~~いわさび田の中を流れる水はすべてが湧水だということに驚かされる。名水百選の一つ、「安曇野わさび田湧水」なのだ。

安曇野は雄大な北アルプスをバックに緑と水が豊かなところ。次回来るときはじっくり回りたいエリアだ。今回はここまで。本日の宿「乗鞍高原温泉」に向かわねば・・・。

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2014/08/23

広島市土砂災害に対して

8月20日未明に広島市の局地的な豪雨に寄る土砂災害が起こった。夜中であること、想定外の短時間での雨量、行政の避難勧告の判断の難しさ等、様々な要因が重なって避難ができなかったことから、多くの犠牲者が出てしまった。また、付近一帯の土「まさ土」は水を含むと非常に崩れやすくなる性質があるという。それらをまとめると全て悪い状況にしか向かわなかった。新聞、TVニュース等メディアは日ごとに犠牲となった方々のエピソードを伝え、涙を誘う。

あらためて、犠牲者になられた方々・ご親族に対して心よりお悔やみ申し上げます。被害に遭われて避難所に余儀なくされている方々には、お見舞い申し上げます。これからの事や避難所での生活のご不便を考えると心中をお察し致します。あきらめないで前を向いて欲しいと思います。

不純な天候の続く中で、被災現場で懸命の捜索に関わっていらっしゃる警察・消防・自衛隊・行政の方々には本当にご苦労様です。感謝申し上げます。週末に入り続々と災害ボランティアに駆けつけてくださる方々が多くなってきてくれています。頭が下がります。

記事に書いているだけで何もできない私で申し訳なく存じますが、せめて気持ちだけは伝えたくて文章にしたためています。

このような大きな災害が起きてしまったのはなぜか?今後、これ以上のものが起こらないように原因・対策を充分にしていただき、後世に今度こそ活かしてほしいと思います。

私たち一人一人も今回の事を教訓にして、自分は自分で守れるように日頃から備えられるようにしたいものです。

東田直樹さんの番組、再放送します!

前記事に書いた自閉症の「東田直樹」さんの番組が再放送されるそうです!

とても感動的です。前回、見ていなかった皆さんに是非見ていただきたいと思います。

再放送の期日&時間

8月28日(木) 午前1:30~2:30 一部地域を除く

9月13日(土) 午後3:05~4:05 

8/28日は夜中の放送です。録画をお勧めします。

その時間に無理な方は是非、録画してでも見ていただければ幸いに思います。

2014/08/19

自閉症の僕が跳びはねる理由 東田直樹さん

8月16日(土)の夜、ドラマを観終わって、何の気なしにチャンネルを変えたら、自閉症の若者がパソコンのキーボードを打ち、自分の思いをつづっている場面を目にしているのを見てその番組に引き込まれてしまった。

番組タイトル「君が僕の息子について教えてくれたこと」(NHK)だった。その若者は「東田直樹」さん(22歳)。会話のできない重度の自閉症。といっても、人の会話をきちんと理解している。訓練によって、彼はキーボードや文字盤を使って自分の思いを伝えることができる。

自閉症の僕が飛び跳ねる理由」というエッセイを13歳の時に執筆、出版。その他に詩集や絵本など14冊あるという。絵はカラフルな色を使用し、その絵もうまい。その才能にも驚かされる。番組内では自閉症の研究をしている先生を訪問。本人納得の上、脳のMRI撮影をした。その結果から、会話を司る脳が途中途切れているいることがわかるが、正常者よりも大きく発達した表現を司る脳があった。先生曰く、「足りない部分を補おうとして他の部分が発達しているのではないか?」。脳=人間にはそんな能力があるのだ?と彼の才能に納得した。

ところで、8年前に出版したその本「自閉症の僕が跳びはねる理由をイギリスの作家デビット・ミッチェル氏が読み、翻訳したのを機にイギリス、アメリカでベストセラーになっていて、すでに20か国に訳されて出版されているという。実はデビット氏の息子も自閉症児だそうで、彼は以前日本に住んでいたこともあり日本語が読めたことも幸運だった!デビット氏はこの本がまるで息子が発っしているように感じ、息子の事をとても理解できるようになったという。番組名はデビット氏から見たタイトルだったのだ。

番組ではアメリカとスウェーデンの自閉症の子を持つ家族を紹介。東田さんの本を読んで、自分の子供の心が理解できるようになり、喜ぶ様子を伝えていた。

自閉症にもたくさんの症状があるが、共通して言えるのは「じっとしていられない、大きな声を突然発する、相手の目を見ての会話ができない、ある種の物にすごく執着・こだわりを持つ。」等がある。東田さんもしかり。自分でも制御できないと言っていた。

その後、ミッチェルさんは東田さんに会うため訪日する。そして、会話をした。「わたしは息子にどうしたらベストになるんですか?」東田さんは「今のままで大丈夫。今のままを続けてください!」と。

また、東田さんはニューヨークの医療機関の依頼で渡米。長い飛行時間、じっとできない彼にはつらいのだが、自閉症患者やその家族のためを思い決断した。「自分のために家族は泣かないで欲しい。笑っていて欲しい。」と言う言葉がとても印象に残った。講演は大成功。取材されたアメリカのご夫婦も聞きに来ていて、講演後に本人と会話。記念撮影も収めていた。

彼の本が訳され、世界中の自閉症患者とその家族の多くが救われている。そして、東田さん自身もそれをとても喜びに感じている。健気にキーボードを打ち続ける彼の姿に涙があふれて止まらない。今も記事にしながら涙ぐんでいる私がいる。

自閉症の事をほとんど知らなかった私。この番組ですごく勉強させられた。
 

最後に、直樹さんの傍らにいつも笑顔で座っているお母さんにも大きな拍手を送りたい。直樹さんもそうだがそれ以上に根気強く彼を理解し、導き、才能を伸ばすには相当なご苦労があったことでしょう!私にはできない、きっと!すごい!素晴らしい!!!

こんな素敵な番組を是非、ゴールデンタイムに再放送をしていただきたい、NHK様。

そして、見落とされた皆さん、機会があればぜひご覧になってみてください!

You tube にもあるかもしれません。

東田直樹さんのブログ

http://higashida999.blog77.fc2.com/blog-entry-848.html#cm

2014/08/16

終戦記念日 翌日の新聞を読んで

昨日は戦後69年目の終戦記念日。NHKの戦没者追悼式の中継を見ながら、正午に黙祷をした。心の中では、犠牲になった方々へのお悔やみと同時に、再びこの日本が戦争に巻き込まれないように見守ってほしいと願いもした。

本日は、午前中に私の実家(同じ千葉県内)の墓参りを済まし、午後自宅へ帰ってから、本日の新聞は終戦記念日関連が断然多いので、その記事をじっくり読んで見た。

 

002千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を訪れた人や追悼式に参加された人のインタビューで、戦争を潜り抜けた体験者からは「特定秘密保護法」などに戦前に戻りかけているという不安や「集団的自衛権容認」の憲法解釈戦争への危機感を持つなど<社会の空気に危うさを感じとっている>という答えは予想どうり納得できる。

しかし、その日の靖国神社の様子を時間ごとに伝えるルポを読んで驚くとともに日本の行く末を心から不安に感じた。

参拝者の中に体験者なのに「あの戦争は負けたこともあるが、勝ったところもある」と答えたり、54歳の男性は「国を守る気概を取り戻さなければいけない」と答えていた。そして、参拝者に若者が目立つと書かれていた。旧日本軍の軍服を着た隊列、「大東亜戦争は聖戦」ののぼりを掲げた右翼団体、家族で毎年参拝に来るという家族のうちの少年が「あ、『海ゆかば』だ!」と知っている、「僕も国のために奉公する、特攻隊にも行く」と発言。黙祷の時間が終わると「天皇陛下、万歳」の絶叫が響く、旧ドイツ兵のようなコスプレの男性、等身大の従軍看護婦マネキンをかかえて参拝する男性、軍服に進軍ラッパを吹き鳴らす男性、そして「海ゆかば」の大合唱、売店では安倍首相をモチーフにした「晋ちゃんのおもてなし」饅頭が売れ筋等々。

参拝者の全員がそんな考えの持ち主ではないだろうが、「戦争は嫌だ!反対!」と考える人が圧倒的に多いと思い込んでいる私には非常にショックを与えられた!!!

戦争をしてはいけない!という考えの人、メディア、改憲反対の考えを持つ人たち、もっともっと声を大にしないといけない!と、私も含めてあらためて思い知らされた!

2014/08/14

長野 松本・安曇野の旅②

009_3松本城

国宝。現存する木造天守では日本最古。400年余り前に築造。秀吉の家臣、石川数正が初代城主。以後、石川家を含む6家23代がこの城を守ってきた

開場時間は8:30。まだ30分もある。入口付近の黒門には列ができていた。そのせいか?8:00に開場が始まった。入口では靴を脱いで上がる。その時点から、階段は相当に高さがあり登るのに少々苦労する。城中の階段もほぼ同じように高さがあり、やはり敵が攻めて来たときの対策なのかな?年を取った者には利用時に大変だったろうな~と思いやった。さすがに中に立つ柱はどれも太く立派。城中は暗い。しかし、開け放った窓?(呼び方がわからないのであしからず)のおかげで涼しい。さすがに天守閣の階は風がよくとおり天然クーラーで気持ちがよかった。

014_3観終わって外に出るころには完全に晴れ渡っていた。あらためて、お城ってきれいな造りだな~と感じるとともに、現代のようなコンピューターや建築用具もなかった時代によくもこんな大きなものを建てたものだと昔の人々に感心した。
次は歩いて数分のところにある旧開智学校を訪れてみた。

021旧・開智学校

重要文化財。明治6年に開校した日本最古の小学校。文明開化政策を推し進めた筑摩県参事(知事)永山盛輝が計画、地元の大工棟梁・立石清重が設計・施工したとある。立石は東京・横浜の西洋建築を見学、建築にあたった。和風と洋風が混ざり合った擬洋風建築の校舎となった。

瀟洒な白い建物。確かに完全に西洋建築ではないデザインだ。特に風見を配した塔が印象的。中に入ると懐かしい教室が現れる。

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024開智学校時代の資料をはじめ明治以降の教科書、学校日誌、卒業証書等教育資料が展示されていた。当時の資料には筆書きが多くみられるがいつ見ても感心するのは達筆であること!時間割には毎日、習字の時間があった!これも納得。そうそう、教室には石版が置かれてあった。ノート代わりとして使ったとあるが、この面積ではそう記録できないと思うし、教科ごとに消すことになると思うのだが、記録としてはどう対処していたのか?疑問だ。

旧開智学校の隣に現・開智小学校があるのだが、正面付近には旧開智学校のデザインを取り入れていたことも印象に残った。

この後、城下町めぐりをした。

032街中を流れる女鳥羽川を挟んで、縄手通りと中通りがある。二つの通りを散策した。

縄手通り

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030_2通りの入口に派手なカエルの像が!調べると、この地区の商業組合ができた時、かつて女鳥羽川に生息した「カジカガエル」を復活させ、縄手通りを盛り上げようと願いを込めて「カエル大明神」を祀ったことをきっかけにカエルの通りとなったとか!このオブジェは芸大の学生が芸大祭に出品した後寄贈したそうだ。タイトル「カエル侍」。

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028道の両側には雑貨店や小さなお店が点在。カエルグッズも多く見られた。我が家は猫好き。猫のキーホルダーを手に入れた!

この後、皮が薄くてパリパリ、あんこたっぷりたい焼きを購入。食べ歩きした。

通りの中央付近に立派な「四柱神社」(よはしらじんじゃ)があった。

026そこで旅の無事を祈った。続いて、川を挟んだ反対側の中町通りへ

038こちらは雰囲気が変わる。なまこ壁の蔵が立ち並ぶ城下町らしい風情。

037山岳地帯の真ん中の盆地にある松本。あちこちに湧き出る名水がある。

さて、11時も過ぎ、そろそろお昼にしようと長野・松本と言えばお蕎麦でしょ?ってわけで、お蕎麦屋を探す。

042松本城近くまで戻って見つけた蕎麦屋にて。

 

2014/08/12

長野 松本と安曇野の旅

前記事に書いたとおり、乗鞍岳登山をメインにした旅に夫婦で出かけた。

いつものように車での移動なのだが、台風11号の動きにやきもき。幸いメインの日前日に日本海側に抜けたため、予定どおり決行することとなった。

お盆時期を加味して渋滞を避けようと考えて、夜中に千葉・八街を出発。予想どおり高速道路はガラガラ。と言っても、郊外の道路は暗く走りづらい。山間に入ればカーブも多く、前に車が走っていればその形状をつかみやすいが、いないとマイカーで恐る恐る進むしかない。行きのドライバーは私だったが、これがけっこう怖かった。渋滞を避けたのは良いが、皮肉な点も出たという結果となる。

道路が混んでいない分、目的地には早くついてしまうので、途中のSAで仮眠をとることにしていた。山梨県の双葉SAに停まる。周りには結構一般車が止まっていて、やはり仮眠をとっている様子。私の車はエンジンを切って窓を少々あけて仮眠をとったが、何台かはエアコンを聞かせるためエンジンをかけたまま。そのため、音がうるさい!寝たのは寝たのだが、騒音で時々目覚め熟睡はできなかった。が、夫はいい気なものでいびきをかいて寝るほど(私はこのいびきには慣れているcoldsweats01

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天気に負けた登山

05911日~12日にかけて乗鞍岳登山をメインにした旅に出た。ところが、台風11号の進路・速度にやきもきしたうえ、前線の影響やらで雨にたたられ、現地に赴いたのにもかかわらず断念せざるを得なかった。まことに残念。いつかリベンジしたい!それまで待っていてよ、乗鞍岳。

2014/08/07

69年目の原爆の日 忘れない

001昨日、8月6日は原爆の日だった。私はいつものように朝の「花子とアン」を見ようとTVを付けた。ところが「広島平和式典」の中継が始まった。もちろん、この日が「原爆の日」であることは承知していた。でも、こんなに早く式典を行うんだと意味もなく見続けていた。8時15分、列席者全員に「黙とう」の声が送られた。そうなんだ!69年前のあの日、世界で初めて広島に落とされた「原爆」は午前8時15分だったんだ!忘れていたthink

002実はブログを始めたころに原爆の事を記事にしたことがあった<原爆 2005・8・5 ヒロシマに続きナガサキも…2005・8・12>が、その時調べたことをずいぶん忘れてしまっている自分があった。身になっていない!やはり、上っ面だけの思いで記事を書いていたんだと深く落ち込んだ⤵やはり、他人事なんだ、私の中では。深く、反省ヾ(_ _*)ハンセイ・・・

004あいにくの雨の中、広島市長が「広島平和宣言」を読み上げた。その中で「集団的自衛権」という直接的な言葉はなかったが、『唯一の被爆国である日本政府は、我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している今こそ、日本国憲法の崇高な平和主義のもとで69年間戦争をしなかった事実を重く受け止める必要があります。』と政府を批判しているととれる文言もあった。広島の子供代表による「平和への誓い」も読み上げられたあと、安倍首相のあいさつがあったが、私は内容も聞きもしなかった。安倍さんが政権を握ってからと言うもの右へ、右へと移行しつつある日本。どうせ差しさわりの無いとおりいっぺんのあいさつをするだけだろうと思われたから・・・。安倍首相は「平和宣言」の内容をどう受け止めたか聞きたい!新聞によると、この後、被爆者団体との面談をしたそうだが、被爆者側が求めた<集団的自衛権行使容認・原発再稼働を撤回>に応じなかったとある。この国をどこに向かおうとさせているのか?「国民の命と暮らしを守るため」と力説、持論を展開するだけだったという。

私は広島を訪れたことがない。今年の原爆の日を迎えてあらためてまだ被爆者の気持ちを理解していないと反省させられた。来年は70年目。その節目の年になんとかその地を訪れて少しでも悲惨さを心に刻まねばと思っている。

003そしてやはり数年前に手に入れた「はだしのゲン」のコミック本を再読しようとも思っている。

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