フォト

最近のトラックバック

ひなたぼっこ掲示板

  • ひなたぼっこ掲示板
    記事のコメント以外に何かメッセージなどありましたらこちらへどうぞ!お待ちしております(^^)/
無料ブログはココログ

« 長野 松本と安曇野の旅 | トップページ | 終戦記念日 翌日の新聞を読んで »

2014/08/14

長野 松本・安曇野の旅②

009_3松本城

国宝。現存する木造天守では日本最古。400年余り前に築造。秀吉の家臣、石川数正が初代城主。以後、石川家を含む6家23代がこの城を守ってきた

開場時間は8:30。まだ30分もある。入口付近の黒門には列ができていた。そのせいか?8:00に開場が始まった。入口では靴を脱いで上がる。その時点から、階段は相当に高さがあり登るのに少々苦労する。城中の階段もほぼ同じように高さがあり、やはり敵が攻めて来たときの対策なのかな?年を取った者には利用時に大変だったろうな~と思いやった。さすがに中に立つ柱はどれも太く立派。城中は暗い。しかし、開け放った窓?(呼び方がわからないのであしからず)のおかげで涼しい。さすがに天守閣の階は風がよくとおり天然クーラーで気持ちがよかった。

014_3観終わって外に出るころには完全に晴れ渡っていた。あらためて、お城ってきれいな造りだな~と感じるとともに、現代のようなコンピューターや建築用具もなかった時代によくもこんな大きなものを建てたものだと昔の人々に感心した。
次は歩いて数分のところにある旧開智学校を訪れてみた。

021旧・開智学校

重要文化財。明治6年に開校した日本最古の小学校。文明開化政策を推し進めた筑摩県参事(知事)永山盛輝が計画、地元の大工棟梁・立石清重が設計・施工したとある。立石は東京・横浜の西洋建築を見学、建築にあたった。和風と洋風が混ざり合った擬洋風建築の校舎となった。

瀟洒な白い建物。確かに完全に西洋建築ではないデザインだ。特に風見を配した塔が印象的。中に入ると懐かしい教室が現れる。

022_2

024開智学校時代の資料をはじめ明治以降の教科書、学校日誌、卒業証書等教育資料が展示されていた。当時の資料には筆書きが多くみられるがいつ見ても感心するのは達筆であること!時間割には毎日、習字の時間があった!これも納得。そうそう、教室には石版が置かれてあった。ノート代わりとして使ったとあるが、この面積ではそう記録できないと思うし、教科ごとに消すことになると思うのだが、記録としてはどう対処していたのか?疑問だ。

旧開智学校の隣に現・開智小学校があるのだが、正面付近には旧開智学校のデザインを取り入れていたことも印象に残った。

この後、城下町めぐりをした。

032街中を流れる女鳥羽川を挟んで、縄手通りと中通りがある。二つの通りを散策した。

縄手通り

031

030_2通りの入口に派手なカエルの像が!調べると、この地区の商業組合ができた時、かつて女鳥羽川に生息した「カジカガエル」を復活させ、縄手通りを盛り上げようと願いを込めて「カエル大明神」を祀ったことをきっかけにカエルの通りとなったとか!このオブジェは芸大の学生が芸大祭に出品した後寄贈したそうだ。タイトル「カエル侍」。

029

028道の両側には雑貨店や小さなお店が点在。カエルグッズも多く見られた。我が家は猫好き。猫のキーホルダーを手に入れた!

この後、皮が薄くてパリパリ、あんこたっぷりたい焼きを購入。食べ歩きした。

通りの中央付近に立派な「四柱神社」(よはしらじんじゃ)があった。

026そこで旅の無事を祈った。続いて、川を挟んだ反対側の中町通りへ

038こちらは雰囲気が変わる。なまこ壁の蔵が立ち並ぶ城下町らしい風情。

037山岳地帯の真ん中の盆地にある松本。あちこちに湧き出る名水がある。

さて、11時も過ぎ、そろそろお昼にしようと長野・松本と言えばお蕎麦でしょ?ってわけで、お蕎麦屋を探す。

042松本城近くまで戻って見つけた蕎麦屋にて。

 

« 長野 松本と安曇野の旅 | トップページ | 終戦記念日 翌日の新聞を読んで »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

▽ちゃぐままさんへ
外国旅行の達人、ちゃぐままさんご夫婦でも長野はまだいらしたことがないのですか意外でした。
上高地から見る北アルプスの山々、安曇野の湧水群、そして松本城等この近辺と言うより、長野全体がまさに山に囲まれた美しい土地柄だと思います。値は弾むかもしれませんが(苦笑)、いつか訪れてみてください。

松本の旅を興味深く読んでいます。
九州からはなかなか行きにくい所。航空運賃も通常料金で、
東京よりもグンと高いのです。
夫も行きたがっています・・・。
松本城は石川数正のお城だったのですね。家康に重用されていたのに・・・。
松本に旅する時の貴重な資料になります。

▽ピーコさんへ
ピーコさんは歴史好きなふうちゃんに連れられていく旅が多いのでお城を回る機会も多いのですね!彦根城はもっと激しいのですか!昔の人の方が足腰丈夫だったのかも?移動は歩きが常ですものね、その当時。ひこにゃんには会えましたか?(笑)
松本のお蕎麦の量ですか?気にしてませんでしたが、言われれば少し多かったかしら?逆に調布の深大寺そばを食べた時、ずいぶんと1人前の量が少なく感じましたよ、私は!私が大食いなのかな?

国宝のお城の階段って、本当に登るのが大変ですね。
国宝というのは、昔のままが残っているお城ですから、
昔の人はその階段を、あの着物姿で上ったということですものね、本当に驚きです。
彦根城のお城にも登ったことがありますが、こっちの方がもっとすごかったです。娘は怖がって登れなかった。
松本の町の中は、あんまり知らないんです。カエル侍なんて言う、面白いものがあるなんて、是非見てみたいですね。
ところで、お蕎麦は、量が多くなかったですか?
思うんですけど、長野県民って大食いではないかしらね?
よく行く、おそば屋さんのお蕎麦の量がとにかく多いのでいつも驚いているんですけど・・・

コメントの返し遅くなりました。すいません!

▽tomokoさんへ
山が好きになった私にとって信州はあこがれの地です。周りを見渡せば、3000m級の山が連なり、山の一部に雪渓も見える、水はきれいで空気までもおいしく感じられる。実は私も松本へは何十年ぶりに来ました。お城へ行ったことは覚えていても詳しくは全く忘れていました。松本城、素晴らしいです。城下町を散策したのも初めて。これも良かったです。夫がいなければ一軒一軒もっとゆっくり回りたかった!女性は好きなコースかも?いつか訪れてみてください!

▽浜辺の月さんへ
長野っていいところです!移り住めるなら住みたいくらい♥ 松本城、これぞお城っていう風格があります。戦乱の世をよくぞ潜り抜けて残ったものだと感心します。
福岡には三柱神社があるのですか!似たような名で関連があるのですかね?松本の四柱神社はパンフでは天之御中主命、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神を祀っていて、全ての願いを叶えてくれる社として市民に慕われる神社の様です。街歩きマップにはまだまだ見てみたいところがありましたが、時間の都合で代表的な場所だけを訪れました。

▽おばさん様へ
信州って響きいいですね~、私も好きです。おばさん様は旅通。静岡からなら比較的訪れやすい信州ですね。私も30年以上前に訪れた時、からす城って聞きました。外の色が黒が基調だからでしょうね~。この土地は幸運にも戦国時代、戦乱に巻き込まれることはなかったのですね~。それもまた運命だったのでしょう!
安曇野にもお詳しい、ってさすが旅通の片鱗を感じます。
午後、安曇野を訪れました。それは後日書くとします。

日本最古のお城を観ることが出来
良かったですね
最古ということは存続の危機もあったでしょう
幾重の風雪に耐えそのままの天守閣が
保存されているとは、素晴らしいと思います
黒いお城は昔 父からカラス城と教わりました
私はしんしゅうという呼び方が好きです
安曇野も好きな地で、
道祖神や小さな美術館めぐりが良いですね

こんばんは、タムさん。
松本素敵ですね~。
行ってみたいです。
松本城素晴らしいですね~~。
そして四柱神社もあるのですね。
大分にある訳ではないのですが、福岡の
柳川に三柱神社があるそうです。
立花道雪、立花宗茂、立花誾千代を祀って
いるそうです。
その3人の神様になっているうちの
立花道雪は特に大分(豊後)と縁が深く、
一度柳川の三柱神社に行ってみたいと
思っているのですが、松本の四柱神社も
素晴らしいみたいですね。
一度松本にも行ってみたいです。

松本はゆっくり行ってみたい!  お城はむか~し、行った? おぼろげな記憶があるけれど、街中はほとんど見てないな~~ 記憶が無い 私の大好きな民藝家具もあるし・・・ブログを見て、益々行きたくなりました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 長野 松本・安曇野の旅②:

« 長野 松本と安曇野の旅 | トップページ | 終戦記念日 翌日の新聞を読んで »

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31