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2015年5月

2015/05/29

広島・倉敷の旅③平和公園

駅の目の前にそれはあった。

047 原爆ドーム

原子爆弾の衝撃を真上から受け骨組みだけ残して焼き尽くされた産業奨励館。ドームの形をしっかり残した骨組みだけが特に印象深い。

051ドーム前を元安川が流れる。爆撃後、やけどを負った市民が水を求めて川に入り、その後、川は死体で埋め尽くされたとどこかで聞いたことを思いだし想像してしまった(u_u。)・・・

川沿いに歩くと間もなく元安橋がありそれを渡ると「平和記念公園」内に入った。まず、目に入ってきたのは「原爆の子の像」だ。原爆の犠牲になった全ての子どもたちの慰霊像。その下のブースにはたくさんの千羽鶴がつるされていた。この公園には貴重なモニュメント慰霊碑があるのだが、資料館の見学もあり残念だが全部を見ることはできずじまい。

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原爆死没者慰霊碑

原爆都市ヒロシマの平和都市としての再生を願って建てられた慰霊碑。28万人を超える原爆死没者の名簿が納められている。毎年、その名が書き加えられている。

平和の灯

この写真の中央にかすかに赤く見えるものは「火」。(よ~く見て探してください!)核兵器が地球上から無くなるまで燃やし続けられる「祈りの火」だ。先日の核拡散防止会議は4週間もの時間をかけても話し合いは決烈してしまった。┐( ̄ヘ ̄)┌いつになったらこの火は消せるのだろうか??

毎年の「平和記念式典」の中継で映される場所だ。外国人のカップルがこの前で祈っていた。それに続いて私たちも祈った。慰霊碑の向こうに原爆ドームが入るように建てられていた。目指す「平和記念資料館」は慰霊碑のすぐ後ろに有った。

平和記念資料館」は広島に原爆が投下された日を物語る資料を多数展示している。現在、東館は改修工事中で本館のみの見学となる。入館料は¥50と安い。もっと取ってもいいと思う。営利目的ではないというのが慎ましく好ましいなぁ。写真撮影を尋ねるとフラッシュだけたかなければOKとのこと!ヨシッ、撮るぞ~と満々で入っていった。

まずはじめに、大きな大きなきのこ雲の写真に圧倒された。館内はかなり見学者がいた。特に外国人が目立った。皆、真剣に資料や解説の文章に見入っている。そして、話す人もほとんどおらず、話したとしても小さな声でひそひそと・・・。始めは撮っていた写真もなんだか撮っていい雰囲気ではなく感じ、止めてしまった。外国の人が熱心に見学していることは原爆国としてうれしく思う。それ以上に広島以外の人、戦争を経験していない日本人こそもっと見学に訪れてほしいと思った。

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見学を終えて出てきたら5時を回っていた。ホテルのシャトルバスが広島駅を6時に出発することになっている。路面電車でまた向かう方法もあるが戻るのにちょっと距離を感じて、目の前のタクシーに乗ることに。ちょっと市内、渋滞があったが 5時半には着く。少々待って、バスが早めに来てくれて助かる。後から、外国の観光客も数人乗り込んできた。バスで30分弱、今日の宿泊地「グランドプリンス広島」に到着。広島は温泉が無いようで景色を優先し、海辺のホテルを「じゃらん」のネットで予約。夕・朝の食事付きの割安料金だった。

部屋は10F、海側で眺めがよかった。

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2015/05/27

広島・倉敷の旅②宮島

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宮島に下りたら厳島神社を目指す。この神社は飛鳥時代より前に豪族の佐伯鞍職が創建。その後、平安末期に奇想天外な発想で平清盛が改築したとのこと。その銅像が神社の手前に建てられている。「ようこそ、宮島へ」って感じだ。

015石の鳥居をくぐってさあ、いざ境内へ。途中の御笠浜からは大鳥居が目の前に現れる。

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019これをバックに記念撮影をする場所では関係者が鹿に餌を与えて写真に鹿の姿を入れようとしていた!確か、野生の鹿だと書かれていたが、商魂たくましい場を見てしまった。もちろん鹿はあちこちで見かける。すっかり人に慣れていて触られても堂々としたものだ。油断すると持ち物に(特にビニールの袋)要注意。噛みついて取ろうとするからだ。

021_2お手水で手や口を清めて、昇殿料(そういうそうだ)¥300/名を払い入殿だ。早々に朱塗りの柱の回廊だ。ワクワクしてきた。歩いたら床がたわむような気がして長い歴史を感じたと同時に長年、観光客の体重を支えてきたはずだからいつ床が抜けてもおかしくないと思うと不安さえ感じるほどだった。

入って間もなく左側に「客(まろうと)神社」があり、まず始めにすぐ後ろの「祓所」で紙垂(しで)<白いひらひらした紙>の付いた祓串で自分を自分で清め、それから正面の社殿で二礼二拍手一礼でお参り。旅の安全を祈った。

020境内に入る前から潮がひいているのは感じていたが、知らぬ間に海底が所々現れてた。何でも1日2回、大体6時間ごとに潮の干満が有るという。

025_2回廊のすぐ下で一羽のサギがじっとしている。魚を取ろうと真剣に集中しているようだ。こんな人通りの激しい場所に魚がいるんだろうか?そちらが心配になるが、健気さが可愛かった。

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海に向かって細長く突き出た「火焼前」から振り返って正面の「祓殿」

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後方の「五重塔」を入れて

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重要文化財の「能舞台」。ここは色が付いていいないせいか相当に古く感じた。すっかり海水が無くなっている。

この後、西回廊を通って出口に出た。さあ、私たちも「大鳥居」の下まで行ってみよう!すでに多くの人が周囲に溢れている。

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鳥居は想像以上に大きかった。主柱の周囲は約10m。樹齢500年ほどのクスの木だそうだ。クスは重く、腐りにくい。その上、虫にも強いとのこと。

扁額(社の名を書いた物)の大きさは約畳3畳分とか。平安の時代に嵐に耐えられるような大きな丈夫な建築物を建てたものだな~と今さらながら、昔の人たちの知恵と忍耐に敬服する。

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満潮時に海水に浸かっている部分には藤壺がびっしりと張り付いていたが、さらに驚いたのはその隙間を縫うように様々な硬貨が埋められていることだった。現に目の前で次々と硬貨を付けている人が大勢いた。一体、誰が最初に始めたのだろう?面白い試みだとは思う。人間の心理も垣間見た気がした。あまのじゃくな私は客観視してみていて、もちろん同じことはしなかったが・・・。

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厳島神社をみ終わった後は表参道商店街をフェリー乗り場に向かってブラブラと歩いた。ここでは、宮島名物の牡蠣を焼いたもの、もみじ饅頭、アナゴも有名でアナゴ蒸しマン等が人気だとか。私たちは焼きガキを食した。一個、¥200は高く。ひとつづつしか味わえなかったが・・・。

実は旅行前に広島に住むブログ友達のトムジェリさんにアドバイスを願ったところ、宮島口の有名なアナゴ飯屋さんと宮島にある「弥山」という山のハイキングを勧められたのだが共に行けず・・・。と言うのも、広島の市内観光は時間的に半日しかできないので全部は無理だったのだ。トムジェリさん、この場を借りて感謝とお詫びを申し上げます。

さあ、夕方になってしまうので急がないとと言うわけで宮島を後に宮島口に戻り、ここからは広島市内を縦横無尽に走る「路面電車」を利用して原爆ドームへ向かった。

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040_2この車両は新しいもののようだ。2両編成で電車の様だが、乗客の乗り降りでは乗車は横から下車は一番前の出口からとバスと同じようである。現代を感じるのは乗ってくる人のほとんどがパスカードを持ちそのカードをピッとスキャンさせて乗ってくるところ。

そして、私たちは「原爆ドーム前」で下車した。

今回の旅の目的地である。

続く・・・・

2015/05/24

広島・倉敷の旅①

GWの最終日、5月6日に「広島・倉敷」2泊3日の旅へ出発した。

そもそも、なぜ今、広島へ出かけたかと言うと・・・実は毎年夏、8月6日頃になると「原爆記念日」に合わせて関連記事を書くことが多かった。しかし、その関連情報は全てネットを通して調べて感じたことを記事にしたものだった。実際に現地・広島を訪れたことは無い。私の中でその場をよく知らないのにいかにも知っているかのように書いていていいものだろうか?というためらいが湧きだし、特に今年は戦後70年となる切りの良い年と言うことで訪れようと決めたのだ。70年を迎えるこの夏は混雑するかもしれないのでGW辺りに出かけることにした。旅先で人の多さにうんざりすることは度々あるのでGWが終わったすぐ後に日程を設定した。

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2015/05/03

大菩薩嶺登山②

083「大菩薩嶺」頂上を後に(10:10)、一旦先ほど通過した「雷岩」へ戻りそこから「大菩薩峠」へ向かう稜線を歩く。この辺りはまだ雪も残っているし下から吹き上げてくる風がすごく冷たい。

 

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