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2018年11月

2018/11/22

ボヘミアン ラプソディ

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先週、夫に誘われて映画「ボヘミアン ラプソディ」を観てきた。予想以上に感動し、後半は涙が次から次とあふれてきてしまうほどだった。
この作品は言わずと知れたロックグループ?!「クイーン」のボーカル《フレディ マーキュリー》の半生を描いた映画だ。夫は若いころ大の洋楽ファンで毎週毎月「ミュージックライフ」(後で聞いたら月刊誌とのこと)を購入するほど。特にロックグループが好きで「クイーン」もそのうちの一つだそうだ。だからメンバ一人一人のこともよく知っていた。一方、私もクイーンのファンだった。と言っても夫に比べればファンと言えないかも?中学生後半頃からラジオでポップスを聞くようになった。お気に入りの曲は当時流行りの「エアチェック」をして聞いていたものだ。
クイーンはボーカルのフレディの声量と高音に魅力がある上グループのコーラスが美しくメロディーもカッコ良く素敵で私のフィーリングにドンピシャ、ヒット曲はどれも好きだった。
でも、レコードを買ったりコンサートを聞きにいくこともなかったし、メンバーの数や名さえもよく知らなかった。その程度だから大ファンとは言えない軽いファンだと言える。
夫にこの映画を観ないか?と誘われたとき二つ返事でOKした。クイーンを知るチャンスだと思った。そのころから40年以上も経っているのにずいぶんと遅いのだが…(;;;´Д`)ゝ
☆これ以降は映画のネタバレがあります  これから観る方は読まないでください
  m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン
映画は冒頭、フレディの家に数匹の猫が登場。猫好きだとわかりこれもうれしい。父親に反抗しアルバイトで働きながら夜な夜なロックのライブハウスに通う。そこで「SMAIL」のメンバーに会う。彼はこのグループが以前から気になっていたのだ。丁度ボーカルが他に移ってしまったと聞いて、フレディはメンバーの前でアカペラで歌ってみせる。その歌唱力に即、決まり。グループのメンバーとなる。それとほぼ同時にそのライブハウスで出会った女性メアリーに好意を抱きやがてステディ関係で同棲する。後でホモセクシャルに目覚めたフレディ。一時は婚約指輪まで渡した中だったのに別れるのだが、信頼する気持ちは変わらず、彼女を親友として一生付き合うのだ。ちょっと変わった関係だが素敵だと思った。
やがてベースギターのメンバーも加え、グループ名をフレディの提案でクイーンと決定した。クイーンは徐々に音楽界で認められ一流のロックバンドに成長。そして世界中へコンサートツアーを開催するほどにビッグなロックバンドとなっていく。
そんな中、家に帰ると孤独なフレディは大々的なパーティーを開いて紛らわすも皆が返ってしまうと寂しさが募るのだった。孤独はどこから来るのだろう?自分も含め家族は移民、また同性愛者であるための葛藤か?もともと集合時間に大遅刻はいつものことらしいが、その後、勝手に一人で音楽活動に走ったりとメンバーとも対立する。さらに信じていた愛人でもあり最愛のスタッフの裏切り行為にショックを受ける上、エイズまで発症する。
ミュンヘンでソロアルバム制作中、元恋人のメアリーがわざわざドイツにやってくる。「なんど電話しても連絡取れないから会いに来たの。」「ライブ・エイドに参加しないの?」と。(※ライブ・エイド=「アフリカ難民救済」を目的とした20世紀最大のチャリティーコンサート)
愛人?でありマネージャーが出演依頼のことを黙っていた上メアリーからの連絡も伝えていなかったのだ。メアリーに言われて始めて知って、マネージャーの裏切りに気づく。怒ったフレディは即、彼を首にした。
これを機に独りよがりだったことを反省しメンバーに「謝り」を入れるフレディ。「どうすれば許してくれる?」集まったメンバーはフレディに外してもらい相談する。その時間の短いこと!「今後、誰が作った曲にせよクイーン作とし印税も均等にすること。」フレディは納得した。
あんなに怒っていたメンバーが条件はあるにせよフレディが戻ることを許してくれたことに感動。そしてライブ・エイドの期日まで迫っていたが皆で団結し練習に励む。その際、仲間にエイズであることを告白。
皆、神妙になる。ベースのディーコンは涙ぐむほど・・・。
「憐れんだり同情はしないで欲しい。」フレディが言う!そして
「ウェンブリースタジアムの屋根を突き抜けて見せるぞ~」
仲間が突っ込む「屋根は無いぞー!」
「じゃ、空を突き抜けて見せてやる!」気合十分で当日を迎える。
最後のライブ・エイドのライブは圧巻だ。当日の何から何までも忠実に再現されたそうで、現存のメンバー(ブライアンとロジャー)も自分たちと見間違うほどの出来という。
感動、感動の嵐で泣きっぱなしの私。見に来てよかった~本当によかった~Д`)・゚・。・゚゚・*:.。
1991年11月24日フレディ・マーキュリーが死去。45歳だった。
今、車の中で聞く音楽は「クイーン」オンリー。改めて彼らの楽曲は素晴らしいと日々感じている。ロックではおさまらない曲の幅の広さ。革命的な音楽づくり。字幕でみた歌詞の翻訳を通して今後は歌詞の意味をよく味わいながら、さらには英語で歌えるようになりたいな~と考えている。
先週また二人でまた「ボヘミアン・ラプソディ」を見に行った。もちろん、ハンカチは始めから手に持って・・・
♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
後日談:その後私一人で2回観に行った!合計4回。マイケルジャクソンのドキュメンタリー映画でも2回までだったから自分でも驚いている。この映画はリピーターが多いと聞いている。同じ思いの人が多いのだ。日本では見た人が500万に達し、興行収入も100億を突破。アカデミー賞にノミネートされて上映は現在まだ続いている。チャンスがあれば応援上映で観てみたい(スタンディング、一緒に歌ったり、手拍子・足拍子、手振り等可能)
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
ぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

2018/11/06

赤城山登山

※先に申し上げておきます。10月28日(日)に群馬県の赤城山へ行ってきたその夜、撮った写真の確認をしていた時勘違いからカメラに入っている写真の全削除をしてしまった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。何度確認してもカメラの中には何も無くなってしまった。そのためこの記事をアップしますが、載せる写真はインターネットから拝借したものです。
10月28日(日)に赤城山へ行ってきた。登山はお正月の金時山以来で久しぶりとなる。夏ごろから行こう行こうと思っていたのだが、皆のスケジュールが合わなかったり計画日が雨天の時は避けたりしているうちに伸び伸びになりこの日まで伸びてしまったのだ。
当日、計画では4時半くらいに家を出たかったが実際には5時半過ぎとなり途中ガソリン入れたり朝食調達でコンビニに寄ったりで実質6時近くの出発となる。今回、東関道から関越道に入るのに6月2日に千葉・市川から埼玉・三郷間の外環道が開通したのでそのルートで行くことに。そして関越道の前橋インターで下りるまで渋滞もなく順調だった。そこから赤城山へ向かうのだがもっと近いと思ったら1時間もかかった。それでも途中の山道では紅葉が見事でため息が出るほどだった。(写真は撮らずじまい) 心配した駐車場の空きも何とかありホッとした。10時前に到着。
湖のような大沼沿いを歩いてまずは安全祈願を兼ねて赤城神社で参拝する。神社鳥居へ渡る赤い橋「啄木橋」が美しい。

Sanndoubasi

Akagizinnja お参りした後ここから10分ほどの登山口へ。

Kurobisanntozannguti

赤城山はこのあたりの山々をまとめての総称で今から登るのは黒檜山。10時半登山開始。

ここはいきなり急登でびっくり!!(゚ロ゚屮)屮5分も登ってへとへとだ。ここでハプニングが起こる。夫が動けないのだ。えーっもうギブアップなの?もともと登山すると何かと問題を起こす人だが・・・足に痙攣がきそう、足をあげられないという。私としてはもっと根性出してよーと思いちょっと怒りたくなってきたがヽ( )`ε´( )ノ

実はその数日前、風邪で熱を出しちょっと肺炎気味だと言われて会社を数日休んでいたのは確か。まだ体は万全ではなかったみたい。一緒に来た長男は断念するのは嫌だという。協議の結果、夫はここから下山。私と長男で登山をすることにした。情けないな~旦那さん。しかしこれは早く決断して正解だったかも?というのは急登は一部分だけと高を括っていたがなんと頂上付近まで続いたのだ。私も長男に声をかけて何度も休憩させてもらった。着いた時の気温は9度で寒く感じたが登り始めてすぐに汗だくだくで、休憩中でも汗がひかない。

Kurobisann_nobori こんな感じの登りが永遠に続く。大きな石?岩?大股でよいしょと声を出して周りの木や根っこ、上の石につかまりやっとこさ上に登るのだ。それでもその一歩一歩が頂上に導くのだな~。休憩も入れてほぼ1時間半ほどでやっと頂上に着いた。やった~~(v^ー゜)、黒檜山頂1828m。

Sanntyou

(拝借した写真の数々は紅葉が美しいけれども登山中の山はすでに葉が落ちて裸の木々ですのでご承知ください、1週間から10日前くらいなら紅葉登山ができたかも?残念)

丁度、正午過ぎに登頂したので昼食をとる登山客でいっぱい。いずれにしても我が家の昼食は車で待機している夫がいるため下山してからとなるため急いで次に進む。

今回の登山ルート

Akagisanntozannmap

駒ケ岳に急ぐ。こちらの道は登りがきつかったので比べれば穏やか。まして下りでもある。木が少なく低木の熊笹の中を歩く。

Gezann_2

30分~40分ほどで駒ケ岳へ到着。それにしても「駒ケ岳」という名の山ってあちこちにあるのだな~

Komagatake

ここでも休憩取らずひたすら下山へ。

Gezann_tetubasigo

駒ケ岳からのルートは比較的整備されていて鉄梯子が多かった!

そしてついに車を止めた「おのこ駐車場」近くの登山口に出た。時刻は1時半過ぎ。長い休憩時間を取らなかったので3時間少々でクリアした。急いで駐車場へ。リタイアした夫は寝ているかと思ったらモバイルで海外ドラマを見ていた。心配したのにのんきなものだ!大げさに振る舞ったのでは?疑いたくなった。まあ、登山をしたものは制覇した充実感があるからあまりそのことを責めはしないでいた。

車の後ろのハッチを開けそこで昼食をとった。金時山での山ご飯でしくじったリベンジで再度チーズリゾット作りの挑戦。今回はチーズも前日に購入したから大丈夫。おいしくいただけた。

TizurizottoCOOKPADより拝借写真

こんな感じに仕上がってほんとおいしかった~。これ以外にマーガリンを塗っただけの食パンをフライパン(百均で購入した軽く小さい物)で焼いたものも香ばしくてイケた。外で作って食べるってどうしてこんなにおいしく感じるんだろうか?時刻は2時半。予定ではこの後、覚満淵(小尾瀬と呼ばれる)という湿地帯の散策だったが取りやめ、さらに近くの日帰り温泉に入るのもやめて帰路に着いた。夫が言う「今日は<ねこの湯>にしよう!」 一瞬どこのお風呂と思ったがすぐに気が付いた。我が家の風呂ということだ。我が家の猫たちのブームに人が風呂に入って湯船に浸かっている時に風呂ふたの上でくつろぐことだ。おまけにシャワーから注いでもらう湯を飲むのも大好き。一匹の猫がはじめたのが知れ渡りずいぶんとファンが増え多いときは4匹くらいふたの上でまったりしているのだ。風呂のふたがしなるくらい。

高速道路の渋滞を避けて帰宅したいと思って早めに帰路に着いたのになんとその関越道に入るまでに渋滞に巻き込まれてしまったのだ。前橋インターに着くまでに2倍の2時間近くかかってしまう。明るいうちに帰りたかった。関越道でも出口付近でやはり渋滞があり結局自宅に着いたのは8時を回ってしまった。帰りは私が運転したのだが運転好きとは言え5~6時間もすると嫌気がさしてくる。この夜は<ねこの湯>で汗と疲れを流したのは言うまでもない

=^._.^= ∫♨ゝノ´Д`)
 


ご無沙汰いたしました!!

前回の記事アップから1か月半もすぎてしまった。気が付けば晩秋に入ろうかという季節となってしまった。年賀はがきの販売も始まって私としては来年のはがきの裏面の構想を決めなければ・・・(といっても市販の年賀状印刷本のCDをインプットして選ぶだけなのだが(;;;´Д`)ゝ)
この日までの間に記事にしたいことはいくつかあったのだが10月は野暮用で忙しくPCを開けることもなかった。自分の日記代わりに簡単に明記しておこう
9月25日 夫とも久々の日帰りバスツァー「富士山周辺」
☆予報は雨。午前中はなんとか曇っていたが本格的に雨が降り出しもちろん富士山はどこからも全く見えず。今までのバスツァー参加で最悪の日だった。
9月28日 高校時代の友人と東京ドームシティ内で無料ランチへ
☆次男が会社の新人レクで優勝チームとなりドームシティ内での有効チケットをゲット。私にくれた物を利用し友人と出かける。9月の上旬に上野のパンダを見たがまだ見てない友人の希望で再度観に行く。やっぱりママと一緒のシャンシャンでした。ランチ後はすく裏にある「小石川後楽園」を散策。
10月4日 4度目のテニス「楽天オープン」観戦
☆有明テニス場が東京オリンピックのための改修をしているため今年は武蔵野の森総合スポーツプラザの体育館内で。調布にあるためアクセスが大変。また今年も錦織圭選手の試合日に当たらず・・・よっぽど嫌われている。外人選手ばかりの4試合を観戦した。チチパスという若手のロン毛の選手でイケメン。伸び盛りでランキングも10~20に入ってきている期待の選手。このところ20歳前後の選手が上位の成績に入ってきていてテニス界も入れ替わりの時期になってきている気がする。
10月6日 次男が引っ越し、ひとり住まいへ
☆3月に大学院を卒業し4月に都内のIT企業に就職。研修中は自宅からの通勤を命じられ7月に配属場所が決定次第引っ越し可能となり本人は楽しみにしていた。まあ、関東圏以外の可能性もあったが幸い都内の本社勤務となり私も安心。しかし、上司から一人住まいは色々大変になるから早急にはやめて納得してからというアドバイスがあり2か月後に決心して我が家を出て行った。結構おしゃべりな次男がいなくなるとちょっと寂しさはある。
10月7日 長男が近隣のロードレース大会に出場
半年くらい前からランニングを始めた長男。勤務から我が家へ帰ると着替えてランニングに出る。きっかけはダイエットなのだが走ることにはまったらしい。6月には冨里のスイカロードレースに参加。そしてこの日は2度目の大会出場。タイムもやるたび縮まっているという。今は10キロに参加だが、来年はハーフマラソンに参加したいそうだ。頑張ってほしい!
10月28日 赤城山登山
☆これは次の記事でアップしよう(◎´∀`)ノ

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