書籍・雑誌

動物翻訳家

「動物翻訳家   片野ゆか著」

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数か月前の新聞のおすすめ図書の中にこの本の名があった!動物は大好きだし、小学生の頃に読んだドリトル先生シリーズのように動物の言葉がわかるのかしら?って興味をひいて取り寄せてみた。
読み始めは冬の日だったのだが、日常では中々集中して読めなくて用事でどこかへ出かける際の電車内で主に読み進めるのみ。読み終えたのがゴールデンウイーク中、と1シーズン超えてしまった(;;;´Д`)ゝ章ごとに 感動の嵐が押し寄せ、電車内でも涙があふれてきてしまい、顔をあげられず指でそっとぬぐうを繰り返した。
動物翻訳家とあるがサブタイトルに(心の声をキャッチする飼育員のリアルストーリー)とある。そう、動物園の飼育員がその翻訳家なのだ。
「環境エンリッチメント」という言葉をはじめに理解しないといけない。動物園の飼育現場で使われている言葉で、すべての動物には心があるという概念が軸になり彼らの日常を充実させ楽しい時を増やす行為や工夫のこと!決して人間側の自己満足ではない。相乗効果で動物たちの健康維持や異常行動の緩和に高い効果が出ているそうだ。
NPO法人市民ZOOネットワークという団体があり、この環境エンリッチメントの普及啓発活動をし飼育環境向上や活性化を応援している。その団体が毎年「エンリッチメント大賞」といって各動物園で導入している取り組みの審査・表彰を行っているそうだ。そこで著者はどんなことが行われているのか?と大賞を獲った動物園の取材に回りそれぞれの紹介をされた本だったのだ。
今回紹介されている動物はペンギン、チンパンジー、アフリカハゲコウ、キリンの4種。どれも想像以上のご苦労をされて動物たちの環境向上に努めている。動物に対する愛情、敬意が相当に深いということ。それに触れるたびに私の目からはポロポロとあふれ出てしまう涙。読み終えるとその動物園に絶対出かけたくなってしまう!紹介された動物にはもちろんのこと、飼育員さんにも会ってみたい衝動に駆られる。この本を読み終えて、今までの動物園に行くという軽い気持ちではなく、あらためてその裏での動物たちの思いや飼育員の方たちの大変なご苦労を少しは感じようとじっくり見に行きたい!まずは本の中で紹介されたキリンの子供が私の住む千葉県内の千葉市動物公園に婿入りしたとあるのでそのキリンに会いに行きたい!そして、ゆくゆくは茨城県の日立市かみね動物園のチンパンジーたち、埼玉県こども動物自然公園のペンギンたちに会いにいきたい。京都見物も兼ねて京都市立動物園へ足を延ばしキリンにも会いたいな。アフリカハゲコウは山口県の秋吉台自然動物公園だからちょっと遠すぎるかな~ヾ(_ _*) 
いずれにしても、この本を読んで紹介はされていない全国のその他の動物園や飼育員さんたちもそれぞれにご苦労があるだろうからその思いを踏まえて、それぞれの動物たちもじっくり観察しなけりゃという考えに変わった。
この記事を読んでくださった皆さん、久しぶりに動物園を訪れてみませんか?欲を言えばこの本を読んでから行くと一層動物園に親しみが湧くと思います!
Let’s go to the zoo!!
 

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阿修羅のごとく 

 この夏に読んだ最後の本は向田邦子の「阿修羅のごとく」だ。

30年ほど前にNHKで放映した作品で、タイトルとその時に使用されたトルコの音楽だというすごく印象に残るフレーズと音のテーマ曲だけはしっかり覚えている。しかし、内容は全く忘れてしまっていた。

阿修羅とは?

ウィキペディアによると

「興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。 帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在。この戦いの場を修羅場(しゅらば)と呼ぶ。

姿は、三面六臂(三つの顔に六つの腕)で描かれることが多い。

奈良県興福寺の八部衆像・阿修羅像(国宝)や、京都府三十三間堂の二十八部衆像・阿修羅像(国宝)が有名。

日本語では、争いの耐えない状況を修羅道に例えて修羅場(しゅらば)と呼ぶ場合もある。激しい闘争の行われている場所、あるいはそのような場所を連想させる状況を指す。」

日常争いを好み、怒りの生命の象徴で争いの絶えない世界もさすとか・・・。有名な阿修羅像の少年のような顔からは想像できない神だ。もっとも、三面持つ顔の一つは怒っている顔でもあるが・・・。

前置きが長々となってしまったr(^ω^*)))

借りた本はまさに台本をそのままのせている。はじめは抵抗あって読みにくいなあ~と感じたが、ストーリーが面白いせいかいつの間にか違和感が無くなっていった。(内田百閒の「ノラや」と同じ状態)

その当時のドラマの配役が載っていたので、本を読みながらその俳優たちがしゃべっているのを想像しながら結構楽しめた。

簡単に言えば四人姉妹のそれぞれの人生を辛辣に、でもユーモアを交えて温かく描かれた作品。その中で描かれる男たちは情けない者ばかり・・・・。

女から見た男が描かれていて、視聴者も男性は見るのがたまらなくなり、女性は我が身のように見たとあとがきに演出を担当した、かの和田勉さんが書いている。

パート1の最終回の台詞に「女は阿修羅だねぇ」「勝ち目はないよ、男は」とある。

今も世の中変わっていないなぁと思う。肉食系女子に草食系男子だもの・・・。

向田邦子さんが飛行機墜落事故で亡くなって今年で30年になったそうだ。7月下旬から始まった向田邦子さんのドラマ「胡桃の部屋」を見ている。

まるで向田さん自身の家族構成だし、、妻子のある男性を好きになってしまう主人公は邦子さん自身のようだし、父が失踪しいわくのある女性方に住みこんでしまったり、姉が夫の浮気に悩んでいたり、妹は玉の輿になりそうだったりと、ちょっと阿修羅のごとくに設定が似ている気もすし、相変わらず男どもは何をやってんだか??って描き方だ。

いずれにしてもドラマは最終回近くでこの先どうなるんだろう?とハマっている私だ。

「阿修羅のごとく」はNHKのオンデマンドで配信されていることがわかり、あらためて見直したいと考えている。

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向田邦子 暮しの愉しみ

向田さんを代表する作品「阿修羅のごとく」を探すため図書館内のPCで検索した際、その他の向田さんの書籍が案内された。

向田さんてどんな人?どんな女性だったのだろうと興味が出て、日常の向田さんを紹介するフォトエッセイ本を手に取ってみた。ふんだんの写真に楽しそうな向田さんの笑顔が満載。肩が凝らなさそうな本なので借りてみた。

手軽でおいしい手料理、食いしん坊ならではの器選び、こだわりの盛り付けに使用する食器、行きつけの店、猫好き、ブランドにこだわらないさりげないオシャレ、旅等

自分を主張し自分らしく生活する素敵な生き方が良くわかる。

もともと実家に住んでいた時、母親が炊事の手伝いをさせた。刻み物は邦子さんに任せられていて、勘のよい邦子さんはとことん努力し極める性分だった。腕を上げ、千六本を刻む包丁さばきはスピーディーで見事だったそうだ。(妹、和子さん談)

外食でおいしいものに出会うと作り方を聞き出し、自宅で早速作ってみる等は当たり前だったようだ。 

さらに、手際良く冷蔵庫の中の材料を使って作る簡単料理。好きな器に盛って食べたい!という思いから凝り始めた食器選び。極めるのが好きな向田さんはやがて骨董に惹かれていく。

その範囲は絵画、書と広がっていく。彼女の住むマンションの部屋にはそこかしことお気に入りの物が存在した。

また、着る物にもこだわる。仕事着は勝負服。書きものをしていて疲れのない形。よそゆ着以上にもとでをかけて作る。気にいったシャツは色違いで揃える。欲しい服が無ければ自分で作ったり(洋裁にもたけていた)、ここぞという時は友人のデザイナー(美智子様のデザイナー)に頼む等。

好きな猫は数匹飼っていた。そして、仕事の合間を縫っての旅。おもに海外に出かけていた。

人を誘って自宅でもてなすのが好きだったが、ついにおいしくて安くて女一人でも入れる和食の店を出してしまう。おかみは妹の和子さん。と言っても、時には邦子さん自身で腕をふるうこともあったという。

まさに向田邦子さんは衣食住を自分好みに楽しんで暮らしていらしたんだなあと羨ましく思う。

現実的には家庭を持つ一般的な主婦にはこのような暮らしかたは出来ない。

でもヒントはあるな~と思う。自分の身丈にあった範囲でのお気に入りの物を揃えたり、楽しんだりは可能だろう。そして、日々の小さな幸福を味わって過ごすことはできそうな気がする。 

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ノラや 内田百閒

 「おまえなしでは生きていけない」というTV番組を見たのが縁で猫好きの作家たちの本を読み始めた。

 

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まずは、内田百閒の随筆集「ノラや」。明治半ば生まれの百閒の文章は昔の綴り方どおり(正式には歴史的かなづかいと言うそう、この言葉も勉強になった)ではじめは読みづらく抵抗があった。(例えば、○○がゐた とか 飼つてやらうかと云ふ とか お願ひ申します 等)。しかしそれも文章の面白さに惹きつけられしだいに慣れていった。

  ふとした縁で野良猫を家猫として飼うことになった百閒。その猫「ノラ」を愛し、猫の動作、しぐさを機知に富んだ文章で綴って愉快だったが、そのノラがある日失踪する。それからは猫好き読者としては百閒と同様、涙、涙だ。

序章は猫との出会い、家猫として飼うようになったいきさつや猫好きには「うんうん、そうそう」と言わせるエピソードが楽しめた。しかし、ノラが失踪してからの百閒の悲しみの文章にはとても胸が痛む。短い日記を付けていて毎日のように涙を流す百閒。探すために新聞広告、折り込みチラシ、英文広告まで数回出す。日記にはノラがいなくなってからの日数「○○日目」も綴り、広告を見て知らせてくれた人の家に妻や編集者、親しい者に向かわせ、時には埋められた死体までも掘り起こして確認させていた。

ノラがいなくなってから、次の野良猫が住み着くようになる。ノラ似のその猫はドイツ語で小さいという意味の「クルツ」と名付け、愛称「クル」で呼んだ。普通、次の猫が現れたら以前の猫のことは薄れていくと思われるのだが、百閒はいつまでもノラを探し続ける。ノラのいなくなった寂しさは2代目クルツでずいぶんと癒されただろうと猫好き読者として安堵した。

そのノラも5年以上生きた。ケンカっぱやくてずいぶんと怪我をして百閒をひやひやさせ、,動物病院にたびたび世話になった。ある夏の日、よたよた歩くクルツに往診を依頼。獣医は夏風邪に下痢だと言う。しかしその日以来元気をなくし弱っていくクルツ。職業柄、起きるのが遅い百閒だったが、心配でそれからは朝早く目覚めるようになり早朝クルツを覗き込む。往診は11日間も続けられた。そしてついにクルツは介護される中家族に撫でられながら息をひきとった。夫婦と女中の三人で号泣したと日記に書かれていた。

そのクルツの命日は昨日、8月19日クルツ、おまえは良く百閒先生をノラに変わって癒してくれたね、ありがとうと私からも言いたい。

失踪したままのノラと違いクルツは庭に手厚く埋葬された。

あらためて思う。百閒のノラやクルツに対する愛情は猫好きを自負する私でさえ遠く及ばない。ノラ(失踪後は知らないが)やクルツは幸せな猫生(人生ではなく・・・)だったことだろう。百閒は昭和46年に没。

その後は天国でノラやクルツと楽しく暮らしていることだろう。

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蒼穹の昴

浅田次郎の「蒼穹の昴」を読み終えた。今感動し、さわやかな気持ちが私の心を吹き抜けている。

読むきっかけは昨年の秋から放映されているNHKの「蒼穹の昴」だ。<それ以前にはBSで字幕版が放映されている>。例によりTVにハマりだすとその先が知りたくて原作を読みだす。はじめは図書館で借りたが同じような人がいるのかリクエストがかかり返却の日までに早急に返さなければいけない。読みの進みが遅い私は分厚い「蒼穹の昴」の上巻を読み終えていなかった。自分もリクエストをして続きを読めば良いのだがそれまで待ちきれない。仕方なく、ネットで上下巻の中古本を購入したほどだ。

作者の浅田次郎は直木賞を取った「鉄道員(ぽっぽや)」を含む短編集を読んだきりだ。ぽっぽやは映画にもなったが、私の中ではその短編集の中の「ラブ・レター」の方が感動し涙・涙だったのを覚えている。(その後、この作品も映画化されたようだが見ていない・・・)

浅田次郎という作家を軽く見ていたのは確かだ。しかし、この「蒼穹の昴」の作品は素晴らしいものだった。ウィキペディアによると浅田氏はこの作品を書くために作家になったと言ったという。本当に力作だと思った。

物語は中国・清朝末期。以下はウィキペディアのあらすじより

「舞台は光緒12年(1887年(日本:明治20年))から光緒24年(1899年(日本:明治32年))までの清朝末期。貧家の子、李春雲(春児)は糞拾いによって生計を立てていたが、貧しい家族のために自ら浄身し、宦官となって西太后の下に出仕する。一方、春児の義兄で同郷の梁文秀(史了)は、光緒十二年の科挙を首席(状元)で合格し、翰林院九品官人法の官僚制度を上り始める。

朝内部では、西太后を戴く后党と、西太后を除いて皇帝の親政を実現しようとする帝党とに分かれて激しく対立していた。春児は西太后の寵を得てその側近として仕え、文秀は皇帝を支える変法派若手官僚の中心となる。

敵味方に分かれてしまった2人は、滅びゆく清朝の中で懸命に生きていく。」

NHKドラマは日中合作で監督は中国の方。俳優はもちろん中国人だが、なんとあの西大后役に「田中裕子」さんが抜擢されている。そして、日本人記者役に「小沢征悦」さん、その他に田中隆三さん、平田満さんも登場する。

ドラマももう最終に近い。再放送などあるようだったら是非見て欲しい。と言っても、原作からはだいぶ脚本されストーリーは違っているが・・・。

出来れば、原作を読むことをお薦めしたい。かなり長編ですが・・・読む価値大です!

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ディック・フランシス氏、逝去

競馬シリーズでおなじみ、イギリスのミステリー作家ディック・フランシスさんが2010年2月14日、満89歳で亡くなられたそうだ。

ディック・フランシスと聞いても「誰なの?その人」と思われる方は多いと思う。私も10年ほど前まで全く知らない作家だった。

図書館主催の「ミステリーを読もう!」という企画の講演会に参加した時、ミステリーを専門とする評論家・茶木則夫氏が彼の作品を紹介したのをきっかけに、ディックフランシスの競馬シリーズを読んだ。それからしばらくハマってしまったのが、この作家だ。

彼はかつて本場イギリスの競馬騎手(障害専門)だった。その後、エリザベス女王の専属騎手も経験がある。引退後、競馬の新聞記者をした後、競馬を題材にしたミステリーを書き作家デビュー。

茶木さんが紹介した時、競馬を知らなくても充分楽しめる小説だとおっしゃったので試しに読み始めた。競馬を知らない私でも本当に面白く、それからは次から次へと借りたものだ。競馬シリーズは30作品位あるのだが、図書館にある彼の本は、ほぼ読破したと思う。

Ooana

この作家の作品は早川書房が出版。ユニークなのはその邦題だ。「本命」「大穴」(←彼の初版本)「重賞」「血統」「試走」等、競馬関連の言葉で漢字2文字なことである。たいへん覚えやすい!

ここ数年は体調を崩しながらも年に一冊、2009年まで創作していたという。

日本では知る人しか知られていなかったが、エドガー賞は数回、アメリカ推理小説賞なども受賞している。

どれでもよいから彼の作品が映画製作されないかな~とハマった頃はよく思ったものだ。

亡くなられた後でもよいからできないものかな~、今でもその思いはある。私にとってそれほど面白い作品ばかりだったから・・・。

読まなくなった後もまだ作品を書き続けていたことを知り、また久しぶりに読みたくなってきた。図書館にその後の本が入っているだろうか?

horseディック・フランシスさんのご冥福をお祈りいたしますthink

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竜馬がゆく 再び

今年のNHKの大河ドラマ「龍馬伝」が好評のようだ!もちろん、私も司馬さんの小説「竜馬がゆく」を読んだのをきっかけに竜馬ファンとなり、このドラマは外せなく、視聴している。

はじめ、竜馬を福山雅治が演じると聞いた時、「えっ~!」と思った。甘いマスクの福山は竜馬のイメージに合わない気がしたから。秋から暮れまで放映していた「JIN-仁」のドラマに出た竜馬役の内野聖陽がすごく合っていた気がしたからかも知れない。

NHKは今回、どなたかの書かれた原作を元でなくオリジナル作品として制作していて、竜馬とかかわりの合った「岩崎弥太郎」(のちに三菱創始者となった!)の目を通して描くという手法だ。司馬さんの竜馬のストーリーとはずいぶん違っている。

といっても、主要な歴史的事実は追うことになると思うし、竜馬のほかに彼に関わり、歴史にも関わるその他の人物も重要な要素になるはずだ。

ところが、「竜馬がゆく」を読んだはずが大まかなところしか覚えておらず、竜馬に関わってくる人物の名は小説でも出てきていたのは覚えているが、かれらがどう竜馬に関わりどんな仕事をしたか等ずいぶんと忘れてしまっている。

そこで、「龍馬伝」を楽しく見るためにももう一度、「竜馬がゆく」を再読しようと思った。

先週より読みだしているが、再読なのにすっかりハマっている。読んでいるうちに「そうだ、そうだ!」と少しづつ思いだしてきてもいる。はじめて読んだ時よりもよく頭に入るし、なぜかすごく面白く感じている。

単行本では確か6巻、私は文庫本なので8巻の長編で最後まであきずに読まなくてはいけないが、その前に図書館ですんなり続きを借りれるかどうかも心配だ!龍馬伝ブームのせいで・・・。でも、いざとなれば「竜馬がゆく」を購入して手元に置いといてもいいかなとも思いはじめているが・・・。

とにかく、良い本の再読ってすごくいいことだな~と今回初めて知った。これを機にかつて読んで感動した本の再読をしてみようと感じている。

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6月の素敵な言葉

2年ほど前に売れた「美人の日本語」(山下景子著)と言う本。以前にもブログで紹介したことがある。久々に開いてみた。

この本は、作詞家をされていた山下さんが作詞の勉強をしていた頃に使ってみたい言葉や心に残った言葉を書きとめたノートの中から季節ごとにまとめて抜粋してあり、さらにその言葉の意味や云われ、その言葉にまつわる話が書かれていて、素敵な響きの言葉とその言葉をちょっと掘り下げた文章がさらにその言葉に親しみや愛着を持たせる気がする洒落た本だと思う。

6月にあげられた言葉の中から私が素敵だなと感じたいくつかの言葉を紹介します。

風待月(かぜまちづき)

6月といえば異名は水無月。語源は諸説あるそうで、中でも旧暦6月は夏の盛りだったことから水も涸れ尽きるという意味の水無月。その他にも何通りかの呼び方があるのですか、その中でも風待月が美しい!蒸し暑い日が多い頃、風を恋しく待ち、ささやかな風にも喜びを感ずる・・・(;゚0゚)ハッなるほど!

刹那(せつな)

仏教の時間の単位だそう。指を一回はじく時間が65刹那だとか?とにかく、相当に短い時間のことになる。時の記念日の記事を書いた記憶もあるが、今年はその日の意識もなく過ごしてしまった。時間は全ての人に等しく与えられた財産。でも、その時間を使っても使わなくても消えて行く財産。貯めておけない(/ _ ; )クスン!仮に毎日24万円もらえて、使っても使わなくても1日で消えていってしまうとしたら、確かに必死に使いますよね。刹那の時間も貴重な財産。時間を必死とまでは行かないながら、上手に使わなきゃとあらためて反省。

塩梅(あんばい)

この季節、梅の実がコロンと道端に落ちているのを見ます。梅酒を付ける時期でもありますね。梅関連でこの言葉を引用したのでしょう。昔の調味料は塩と梅酢。塩梅とはもともと味加減をさす言葉だそうです。いつの頃からか味加減だけでなく物事のぐあいを表す言葉に変化していったようです。「程よく」というのは結構難しい加減ですね。作者は「塩梅とは微妙で繊細な気遣いまで含まれた言葉なのでしょう。」と結んでいて、なるほど~。

潦(にわたずみ)

雨が降ってできる水溜りや流れのことだそうです。語源は庭立つ水、つまり庭にたまった水と言うのが有力だそうです。こんな言葉は知りませんでした、これを読むまでは!でも、響きはとっても素敵。雨の日はそれはそれで好きです。今度はじっくり庭先に出来た「潦」を眺めてみようと思いました。

遣らずの雨(やらずのあめ)

人を帰さないかのように降って来る雨。留客雨(りゅうきゃくう)。恋しい人を帰したくない・・・せつない気持ちをおりよく降って来た雨に託したのが始まりかも知れないと作者が言ってますが、そう考えるとすごく色っぽい雨だし、想像してしまいます、そんな恋人同士を!

雲間(くもま)

雲間の太陽、青空、月・・・色々なものがのぞく雲間。雲間から差し込む幾筋の光は「天使の梯子」とも言うんですって!確かにその光は何か神々しい感はありますよね~。素敵な命名だな。雲が演出する空は様々。雨雲はそれはそれで良さがあると思う。作者の閉めの文章「心が曇った時、空の雲を眺めてみませんか?雲は絶えず流れていくものだから。」 そんな余裕も欲しいですね。悩みなんてチッポケチッポケ。時は流れるて行くからね。

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足掛け3年、「竜馬がゆく」読破!

全く自慢は出来ないが先日あしかけ3年もかかって、司馬遼太郎原作「竜馬がゆく」を読み終わったところ。

司馬さんの作品は以前にいくつか読んだことがある。大河ドラマ「新撰組」を見ていた年に久しぶりに司馬さんの作品「燃えよ剣」(主人公:土方蔵三)を読み、その際にちょっと関わりで出てくる坂本竜馬を知りたいと思った。「坂本竜馬」は有名な名であり竜馬を尊敬する男性もよく聞く。だが、学校で習った歴史上の人物にその名は無かったと思う。(私の世代の教科書だけかな?)

しかし、この本実に長く単行本で5巻、文庫本で8巻もある。読書の本はほとんど図書館利用の私。いい訳だが、私は読む時間が取り難く寝る前の布団の中での読書が主流なため遅々として進まない。そのため延滞返却は当たり前となってきっと図書館ではブラックリストに載っているかも(><)!督促状やまた予約が入って返却を迫られることもある。文が長く、登場人物も多いので途中ちょっと他の本へ移ってしまうこともしょっちゅう。私のミーハー癖で、映画やTVで話題になるとその原作が気になりそちらに浮気ばかりしてしまい、一向に読み終えられない。心の底では読み終えなけりゃと思いつつ・・・。

さすがに今年に入ってもういい加減読破しなけりゃと図書館へ行くと貸し出し中で借りられず、予約を入れてもちっとも借りられない状態が続いていた。「まだでしょうか?」と催促をしたら、きっと読んでいる人が返却しないのでしょうね、他の市の図書館からわざわざ借りてくださり連絡が入った最後の2巻!

これには恐縮しきりとなり、なんとしてでも読み終えようと必死になる。幸い4月から夫とやっていた早朝ウォーキングは無くなり一人でのウォーキングのため自分のペースで歩ける。コースも農道で車も人通りも少ないからその時間を利用して読書するようにした。まるで二ノ宮金次郎みたい(といっても私は働きながらではないけど)。ウォーキングの時間は結構読書の時間に有意義に使えるな。そのおかげでついに先日やっと読み終えられた。

最後の章は竜馬原案の「大政奉還」が成功し、これからの日本を引っ張っていく人選をしいよいよと言うところでの竜馬と中岡慎太郎が暗殺されるシーン。わかっていても涙がこぼれきてしまう!歩きながら泣く姿を人に見られなくて幸いだった。

どんな本を読んでも映画やTVを見ても大概の人が感じるようにその主人公に感情移入してしまうが(現に私は相反する土方歳三にも同じだったが・・・)、それを差し引いたとしても「坂本竜馬」と言う人は男性からも女性からも好かれる性格の持ち主で、この時代では思いもつかない本当に大きなことを考えそれを実行し、日本を変えた人物だと思う。世の男性が憧れるというのも本当に頷ける。女としてはそばにこんな人が居たら絶対恋すると思う。

司馬さんの「竜馬」は関連の膨大な資料をかき集め調べつくしての史実を重視して創作したと思うが、どこまでが真実でどこからが創作なのか全くわからない。まだ生きていらして質問できるならそのあたりを是非聞いてみたい。読者が感じる以上に司馬さんは坂本竜馬に壮大な愛情を注いでいたのだけは間違いないだろう!

長い本で決心は要るけど、まだ読んでない方是非いつか読んでみてください。

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手塚治虫の旧約聖書物語

手塚治虫の旧約聖書物語 Kyuuyaku_2

日本テレビとイタリア国営放送RAIテレビによって企画・制作されたTVアニメ「旧約聖書物語」は、故手塚治虫が全体の構成・制作の総指揮をした最後のTVアニメです。’84に制作が始まり、その間に手塚氏が亡くなり(1989)、かつて虫プロに在籍し手塚作品に精通した出崎氏が引き継ぎ’92に完成。イタリアで放映された時は質の高さに絶賛された。手塚ファン、美術作品からキリスト教に興味を持った方々やあらゆる年代の人々に読んでいただけたらと思います。(この書に載せられた、編集部の文章を要略←タム)

手塚治虫と言えば、私が小学生の頃「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「ワンダースリー」「ジャングル大帝レオ」などのTVアニメで親しみがある。でも、晩年にこのような壮大なアニメを制作されていたことは知りませんでした。これ以外にも「世界の歴史」を手塚氏が15巻にまとめ漫画化されているそうです。

手塚治虫の聖書物語」はTVアニメは26話分ですが、本としては3巻にまとめられており、貸し出しもされておらず一辺に借りられたことはラッキーでした。

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