忘れてはいけないこと

2007/08/09

はだしのゲン

 8月6日の広島への原爆投下(原爆記念日)、そして8月9日は長崎への原爆投下。あれからすでに62年も経った。TVから流れる平和式典のニュースのバックにはあの日の朝にも耳についていたであろう蝉しぐれが虚しく響いていた。

毎年8月の声をきくと、メディアでは太平洋戦争関連の特集が扱われる。最近、民放のTV番組の宣伝で「はだしのゲン」(漫画)を実写版で近々放映するということを知った。

はだしのゲン」が、原爆や戦争の悲惨さを取り上げた漫画だとは聞いてはいたが読んだことはない。昨年、コンビニで見かけた「はだしのゲン」のダイジェスト版(原作は少年ジャンプに長編連載されていたという)を見つけ、我が子に読ませようと購入し与えていた。

その本を思い出し、今回は読む気になり本日自室にこもり一息に読み上げた。作者の自叙伝を元に書かれたもので、予想はしたがあらためて原爆の恐ろしさ、戦争の狂気や悲惨さを思い知った。それとは別に主人公ゲンの明るさと逞しさ、家族の絆の強さや思いやりも見事に描かれていると感じた。

「はだしのゲン」中沢啓治原作 

<①非国民じゃないぞ編②ピカドン地獄編より>

「はだしのゲン」実写版←HPにリンクしてます!

8月10日(金)、8月11日(土) 

午後9時~ フジテレビ系列で放映予定

私はこの番組を見るつもりでおります!!

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2006/08/08

原爆の火、燃え続けて・・・

2006年8月6日、原爆投下から61年を迎えた広島で今年も平和記念式典が行われた。

2度と争いのない世界を願う私たちですがイランの核開発問題や、核兵器製造を宣言した北朝鮮のミサイル発射、イスラエルのレバノン侵攻など核拡散の懸念や対立と相変わらずの懲りないニュースがあとを絶たない。いつになったら願いが叶うのか??

先週朝のNHKのニュースで取り上げていた「原爆の火」。すごく印象に残っている。あの日に投下されて起こった火災の残り火を持ち帰り、その火が61年間1日も絶やされず残っているという報道に驚き、その思いを聴いて心動かされた。私は「原爆の火」があることを今まで知らなかった。しかもその火が移されて全国に何十箇所か散らばっているそうなのだがさまざまな事情でその数が激減してきているそうなのだ!

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2006/06/06

ブルーリボン

先週の土曜日(6/3)にブログでお知り合いになった「山口ももりさん」(素敵な絵を描かれる画家さんです!)が日本水彩展に出品なされたというので、その作品を拝見しようと東京都美術館に向かう途中、京成上野駅のすぐ脇の路上での事です。

Rati3 街頭演説が耳に入りました。ふとその先に目をやると「北朝鮮に拉致された日本人の救出」を訴える垂れ幕、そして署名を集めてました。5月のはじめに「横田早紀江さん」の事を記事にし、今私たちにできる事はなんだろうと訴えたばかり。その街頭活動に遭遇したわけです。何かの形で応援したい、協力したいと考えていた私は迷うことなく署名をしました。もちろん、わずかですが活動費のたしに寄付も致しました。その際に「ブルーリボン」を渡されました。それを右腰に付けて、「がんばってくださいね!」と一声かけその場を去りました。

でも、その後「そうだ!こんな地道な活動をしている方々を紹介したい、そしてブログの力を借りてわずかでも再度、拉致被害者やその家族の気持ちを伝えることができたら?」と思い返し、きびすを返しまたその活動場所に戻りました。そして署名を担当されていた女性に話しました。

ブログを持っていること、横田さんのことを記事にしたこと、そして今回の活動も紹介させて欲しい!と。すぐ、快諾していただきました。そこで、写真も撮らせてもらいまRatiした。

そこで活動されていたのは、「横田めぐみさん等被拉致日本人救出 関東新潟県人会」の 方々でした。ブルーリボンは手作りで安全ビンに縫いつけて有ります。その女性はすでに何万本ものブルーリボンを作られているとおっしゃってました。熱心に話される方の目に打たれ、私の目頭も潤んでしまいました。話していると、ご高齢な男性が見え、この方も今から活動に参加されるそうです。お年は86歳と聞いて驚きです。一番お辛いのは被害者や家族の皆さんだとは思いますが、自分を犠牲にしてまでその人たちのために身を粉にして活動されている方々にも頭が下がる思いです。

拉致被害者家族では横田さんばかりが目立ちますが、ご家族の皆さん(特に親になる方)はかなり高齢になり、その中では一番若いのが横田早紀江さんだそうです。自分の家族だけでなく被害者の親の代表としてがんばろうと言う横田夫妻。でも疲れが溜まり、ご主人も入院されたり、早紀江さんも首・肩に痛みがあり腕も上がりにくいほどの体調なんだそうです。Rati_poster

是非ブログを拝見したいといってくださり、名刺を交換しました。それにしても、土曜日の午後の上野は人通りもたくさん。それなのに、署名をしようと言う人の少なさに情けない思いが沸きます。「私には関係ない!」ってことでしょうか?自分がその立場だったらどうしますか?現在の日本人の現状はこんな程度なんだとすごく淋しく感じました!

Blue_ribon                                                             

いただいた資料の中に書かれてます。

ご協力ください

あなたのご支援「署名」が

国を動かし、救出への大きな力になります!!!

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2005/08/12

ヒロシマに続いてナガサキも・・・

ehon01_ano_natu 先日、「原爆」の記事を書きました。その日は、この地球で初めて原爆が落とされた日だった「原爆記念日」でしたから。でも、原爆ヒロシマだけでなくその3日後、ナガサキにも落とされました片一方の記事だけでは、不公平です。だから、8月9日には間に合いませんでしたが、あえてもう一度原爆のことを取り上げたいと思います。

平和記念式典はTVでチラッとでしたが見ておりました。1945年8月9日午前11時2分。60年後のその時刻、黙祷を致しました。

その日の夕方、その平和記念式典のニュースとあわせ、長崎の高校生が自主的に「核兵器の廃絶と世界平和の実現」を目指す一万人署名活動をしているという報道がありました。次の時代を担う若者が自ら運動を起こしていると聞いて、たいへんうれしく、また感動させられました。

そのことをもっと知りたいと思い、長崎市のホームページを訪れてみました。HPには署名運動のことは載っていませんでしたが、中に「平和・原爆」という分野があり、そこに長崎市独自の「平和学習プログラム」が組まれ、平和教育に力を注いでいるようでした。そんなことが積み重なって、高校生自ら運動を起こすきっかけになったのではないかなと思い、こんなことは被爆地だけでなく全国的にされるともっと大きな力になるのではないかと思うのです!

長崎ウェブシティー URL:http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/

また、その活動を伝える新聞社もありました。(広島の平和記念式典の日に長崎の高校生が訪れており、その地でも署名活動をしていたことに対しての記事が一部載っております)

中国新聞・社説  http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200508070047.html

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2005/08/05

原爆

*昨日は、私のブログの悩みを書きました。そうはいっても、私は私。伝えたいこと・伝えなけりゃいけないこともある。小さい力ですが、私にできることはやっていこうと考えてます。 心配をしてくれた方、コメントまで入れてくださった方、ほんとうにありがとうございました。これからも、必要とおもうことは続けていきます。よろしくお願いします。    

明日、8月6日は「原爆記念日」です。この地球で初めて原子爆弾が使用された日です。その恐ろしさと悲惨さは想像以上のものだったとおもわれます。

昨日、NHK「クローズアップ現代」で<いかに原爆を伝えていくか>をテーマとして報道してました。子供たちに「原爆をしってますか?」と尋ねると「知らない、わからない」と答える子が多く、広島の小学校小6のあるクラスでさえ、「原爆のことを両親、祖父母や誰かから聞いたことがありますか?」と尋ねると、クラスの1/4位しか手が上がらなかった。原爆の恐ろしさが風化しつつあるのを聞いて、たいへんショックを受けました。

次に載せるのは、インターネットで「原爆」を検索し、あるサイトから引っ張ってきたものです。

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「相生橋を見て、その名前を覚えてほしい。」

8月6日AM8時ごろ、北東より1万m以上で2.3機のB29が広島上空に侵入した。

(当時はB29が世界最強・最高の銃爆撃機で、4個のプロペラがついていた

現在このシリーズはB52まであり、B52はアフガニスタンの爆撃にも使用された)

先頭を飛行し、原子爆弾「リトルボーイ」を搭載していた機体には、機長の母の名前

「エノラゲイ(Enola Gay)」がペイントされていた。

高度が1万m以上だと対空地上砲が届かず、さらにその高度ゆえ地上から気づかれずらかった.

相生橋上空でプロペラを全て停止し、急降下した。

上空8.500mまで急降下し、T字型の相生橋を標的にリトルボーイを投下した。

(リトルボーイは全長3m、半径70cm、4t)エノラゲイの乗員は10名あまりであった。

43秒後相生橋の南東、島病院(現:島外科)の上空567mにてアンテナが作動し、

上部と下部のウランが100万分の1秒で反応し、中性子、放射線を

撒き散らしながら3秒以内にウラニウム235が爆発し、ピカッ!と遠くまで光が届いた。

私をはじめこれをご覧のほとんどの方が、戦争を体験しておりません。でも、正常な考えをお持ちの方なら、誰もが戦争の悲惨さ・愚かさはご存知だと思います。争いからは何も生まれないでしょう。だから、次の世代にも伝えていかなければ・・・。私たち世代なら、次の世代よりは戦争のことを聞かされ知っているはずです。お子さん、お孫さんにこの機会に戦争のことを話しましょうよ。そんなことも私たち世代の役割だと思います。

本日、TBS系列で「ヒロシマ -その時 原爆投下は止められた-」

 が放映されます。

録画しながら、見てみたいと思ってます。

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