忘れてはいけないこと

2021/01/01

🎍新年おめでとうございます🎍

さきほど新しい年、2021年が明けました。

みなさん、明けましておめでとうございます!

とは言うものの素直に喜べない私がいるのも事実です。

昨年は今までに経験した事の無い〈新型コロナウィルス〉に振りお回せられました。そして、日本だけでなく世界中でここに来てまた猛威を振るいだしたコビッド19。

何とか一日も早く収束に向かわせなければ…その事が常に頭にあり喜べないのです。

ワクチン接種がはやく可能になってほしいものです!

そして政府が渋っている緊急事態宣言ですが、その前に私達ひとりひとりがコロナ対策を今一度心新たに心がけて欲しいと強く願うばかりです。

そして何とか夏までには収束に向かってほしいものです。

国民のの努力と政府の的確なコロナ対策でかつての日常に近い日を取り戻せたらと思うのですが…😞

今年もどうぞよろしくお願い致します🙇

2020/11/08

SDGs 私たちにできる事は?

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ネットで早速「SDGsバッジ」(ノーベル賞受賞した吉野彰さんも付けていた)を購入した、相変わらずミーハーな私🤦

愛用のバッグにつけてみた。

SDGsを達成するために取り組むのは国連加盟国が当事者であり、国・企業・NPO、NGO団体・市民団体そして個人個人の私たちです!

そこで、私たちにできることはどんなことがあるのかな?と調べてみた🤔

○寄付・募金

NPOやNGO団体に寄付や募金をする

※食料供給や教育支援に役立つ

○日常生活を見直す

※プラスチックゴミを減らすために

・店のレジ袋を利用せずエコバッグを耐えず持ち歩き使用する

・地球にやさしい生産方式の認証マークの商品を買うように努めるか、パッケージを紙原料にしたクラフト包材を使用した物を購入する

・洗濯洗剤や柔軟剤の使用を考える

洗剤や柔軟剤には私も知らなかったが、マイクロカプセルというプラスチックが含まれているそう。それを含んだ排水は川〜海に流れるが自然には分解されなく海洋汚染されることになるとの事。

使用を止めるのが良いが、洗濯しないわけにもいかないので、洗剤を環境に優しいものにするか、使用量を少し控えめにするか悩むところだが…

○電気の節約

エアコン等の設定温度を季節ごとに暑くない程度寒くない程度の温度にする(冬なら一枚上着を着ることでも良いかな?また、カーテンを引いて外気からの温度を少しでも遮る事も有効)

使用してない電化製品の電源を抜いておく

○紙の節約

公共料金やその他の支払いを直接出向くのを止め、オンライン支払いにする

○周りの人に広める

※SNSの利用

気候変動や防止する企業の取り組みに〈いいね〉チェック。

更に良い投稿をみたら友達にシェアする

🌈🟥🟧🟨🟩🟦🟪🟫⬛⬜🍀🍀🍀🍀🍀

まだまだ考えたらたくさんの「私たちに出来ること」はあるはずだが、西川きよし師匠ではないが、まずは自分にできることから小さなことからコツコツと積み重ね、大きな広がりになっていけたらいいな〰〰と思います!

上に書いた事を心に止め、私もそうですが、これを読んだ方にも取り組んで頂けたら幸いです。

未来の地球🌏のために✨✨✨

※この目標は2030年までと言う、後10年も無いな〰🤷





SDGsって?🌐

最近、やたらメディアで取り上げられることの多いSDGs(読み方はエス・ディ・ジーズ、日本語訳は持続可能な開発目標)。ご存知でしたか?

私が初めてこの言葉を耳👂にしたのは確か去年、リチウム電池の開発でノーベル化学賞をとられた吉野彰さん。カラフルなピンバッチを衿に付けられてSDGsの事を紹介された事が印象に残った。

これは2015年の国連総会で決まった2030年までに達成する世界共通の目標の事だ。2015年に決まった事なのに新聞を読んでいる私は全く知らなかった。その頃、どこを読んでいたのか?恥ずかしい次第🙀

どんな目標かは17あり、更に169のターゲットがあると言う。細かいターゲットまでは分からないが、大きな17の目標は次のとおり!

※書くのが大変なので、新聞の切り抜きを写真に載せます😜

載せたらあまりにも小さくて読みづらい、読めないかな?🤷

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あらためて、文字に起こします🙇

1貧困をなくそう 2飢餓をゼロに

3すべての人に健康と福祉を

4質の高い教育をみんなに

5ジェンダー平等を実現しよう

6安全な水とトイレを世界中に

7エネルギーをみんなにそしてクリーンに

8働きがいも経済成長も

9産業と技術革新の基盤をつくろう

10人や国の不平等をなくそう

11住み続けられるまちづくりを

12つくる責任 つかう責任

13気候変動に具体的な対策を

14海の豊かさを守ろう

15陸の豊かさも守ろう

16平和と公正をすべての人に

17パートナーシップで目標を達成しよう

今、あらためて私たちにできることは何かを調べた。

ごく、簡単な事からやれる事がわかった✌️次の記事に紹介したいと思っている🙋

2020/08/17

終戦の日の平和の句

8/15は戦後75年の終戦の日。

戦没者を悼み、平和への思いをあらたにする特別な日です。

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いつも読んでいる「東京新聞」は朝日新聞とともに反日的な報道が多いと言われるが、戦争の恐ろしさや平和の尊さ、さらに原発問題をあの東北大震災後、継続して取材、また辺野古関連記事にも力を入れている。現政府に対して批判的な思いが多い私にはまあ納得出来る新聞ではある。

8/15の新聞は1面から社会面まで戦争・平和関連の記事を掲載していた。

特に一面の「平和の俳句」に感動🙆

「平和の俳句」は当新聞が戦後70年(2015年)より〈軽やかな平和運動〉として始め、読者からの平和を感ずる投稿句を紹介している。選者は作家、クリエーターの肩書きをもつ〔いとうせいこう〕さんと俳人の〔黒田杏子〕さん。

※2017年までは俳人の〔金子兜太〕さんでしたが、高齢で体調をくずし2018年2月に98歳で亡くなり、黒田さんが2017年8月より後を継いだ。

1面に入選作の一句が掲載されていて思わずその情景が浮かびクスっと笑ってしまった。

『ひざの上猫の頭にご飯粒』

猫好きで猫飼いの私には「あるある」の一句だ👏(←拍手)

この記事のタイトルは

[日常こそ ひとつぶの幸せ]

まさに、まさにそのとおり。なんでもない日常が平和であり、幸せなのだ!

この日、私はパート(スーパーの清掃員)の出勤日。猛暑の中、終戦の日のことも忘れて、スーパーの広い駐車場の中のごみ拾いをして汗ダクダクだった。家に帰って夜にゆっくり今日の朝刊を読んだのだ。

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我が家の猫🐱は暑くて玄関のたたきの冷たさで冷却している。この子はラミ♂、もうすぐ2歳。これも我が家の平和の1シーン🤗

コロナ対策を施した「全国戦没者追悼式」では天皇陛下は昨年に引き続きお言葉の中に「深い反省」の文言を発し、安倍首相の式辞には「歴史と向き合う」と言う趣旨の内容が省かれたそうだ………✂💬🇯🇵





2020/08/09

2020年夏 原爆投下から75年目

《原爆記念日》8/6は過ぎてしまいましたが、今年はあの忌まわしい原爆投下から75年目となります。本日8/9は「長崎原爆の日」です。

新型コロナウイルスの感染が地方にまで拡がりをみせ日毎に全国感染者数を更新する中でこの話題は陰が薄くなりがちですが、核軍縮が中々進まない世界でせめて世界で唯一原爆の恐ろしさを知る日本国民として忘れてはならない夏の日なので記事に挙げます!!! 

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👆 「長崎原爆祈念式典」NHK総合テレビ中継より

8/6 東京新聞 社説より 「忘却にあらがう夏」

広島のボランティアグループのリーダー三登さんの話から始まる。

三登さんは胎内被爆者。高校の英語教師の時、語り部「沼田鈴子」さんの語りに感銘。この人の後を継ごうと決心する。定年を数年残して教師を辞め、14年間、手作りの資料を持ち広島平和記念公園に通い詰め、特に海外からの観光客に〈被爆実相〉を語っている方だ。

ところが今年はコロナ禍の為、キャンセルが相次いでいる。それでも〈一期一会の出会い〉を求めて原爆ドームの前に立つことをやめていない。

「原爆を落としたのはどの国ですか?」と聞く若い女性がいた、ドームの前で万歳三唱した団体もあったと言う。〈忘却の彼方で人は過ちを繰り返す〉三登さんが伝えることを止める事ができない理由らしい。

平和記念資料館の出口の真ん中にアオギリの木がある。そのアオギリは熱線で焼かれ、爆風で幹の半分をえぐられた。ところが、その傷を自ら包み込み新しい樹皮を張り今の場所に移植された。三登さんを語り部と導いた沼田鈴子さんは22歳の時に働く逓信局で被爆。左足も失った上に婚約者も戦死し、自殺を考えた。そんな時に職場のアオギリが懸命に再生していく姿を目にし、生きる勇気を取り戻したと言う。そして「証言は平和の種まき」と言いながら絶望と再生の体験を学生らに伝え続けた「アオギリの語り部」と呼ばれた。

〈アオギリはこんなに大火傷をしても生きているのよ。一生懸命に生きなくてはいけないと、懸命に力を出しているのです〉〈事実をしっかりと見つめる力をもち、ものの見える人、ヒロシマの見える人になってください。しっかりと自己学習して、なにかの形でヒロシマを伝えてください〉と。私達も生きて、学んで、伝えていかねばならない。ヒロシマ、ナガサキを、核兵器の愚かさを。コロナに沈む夏だが、特に被爆アオギリが今も無言で伝え続ける再生への希望も伝えなければ!

こう、締められた社説だった。

我が家は5年前の原爆投下70年に広島を訪れ原爆ドーム、平和記念公園、そして原爆資料館にも行った。特に息子にも見せたかったのでそれは良かったが、知っていれば実際のアオギリも目にしたかったなぁ。今思うとガイドさんに実体験の話を聞けばもっと鮮明に原爆の恐ろしさが伝わってきたかなとも思われすごく残念だ。またいつか(早くしないと実体験された方も居なくなるかも?)訪れて語り部の方の話を聞きたい。

話は変わるが、元TBSのアナウンサー久保田智子さん。私はいつも笑顔のすごく感じの良いアナウンサーだったと記憶していている。いつの間にか退職して現在、「原爆体験継承者」として活躍されているそうだ。忘却されないよう引継ぐ若い人たちもいる事をありがたく思う。

そして、8/9夕方15:50よりNHK総合で

アニメ映画「この世界の片隅に」が放映される。

昨年も同じような頃に放映していて何気に見始めて、引き込まれてしまい最後まで見た記憶がある。

原爆の恐ろしさをこれでもかと見せつけるわけでなく、その頃の広島に生きていた庶民を淡々と綴っている辺りが魅力かな?

主人公のすずさんの声を演じる〈のん〉さんの気張らず、力の抜けた感じが魅力となっている気もする。

もちろん、また見ようと思うし、録画予約もした。

じわじわとくるので、良かったら見てみてください🙇

 

 

 

 

 

2020/04/17

春なのに…

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すぐ上の写真のムラサキの花はアジュガ(和名:ジュウニヒトエ)

※?野草のひと株を持ち帰り植えたら増えに増えた

我が家の小さな庭は春爛漫。それなのに心の一部はどこか浮かばれない!

新型コロナウイルスのせい…

安倍政権が全国に緊急事態宣言を発令、また減収世帯に限った30万給付を取り下げ全国民に一律10万円の給付を発表した。

でも両手を挙げて喜べない。ありがたいとは思うが経済がストップして小中企業や店にはとても助かる金額ではないから。

皆で抗議のデモでも起こしたくても3蜜を避けるにはそんなことも絶対に叶わない。

感染拡大による医療崩壊も始まっている。2ヶ月前位から散々、メディア等ではこのままでは医療崩壊が起こってしまうと警鐘が鳴らされていたのにもかかわらず何の術や対策も行われずに時間が過ぎ、現在 医療現場での現状を想像すると胸が締め付けられる思いだ。

中小企業やお店経営の皆さん、本当に同情します。悲観せず必ずや朝🌄がやって来ると信じて頑張ってください💪

医療従事者の皆さん、本当に本当に大変な事態だと思いますが感染に充分お気をつけて頑張ってください。感謝、感謝、感謝。

※医療従事者の方々は本来、人を救うお仕事です。それなのに自分の命を落とす危険に晒されているのは本当にお気の毒に感じます。どうかどうか感染されませんよう祈っております。

だからこそ、一般の私達に出来る事、3蜜を重んじ一番今のベストアクションは

ステイ アット ホーム

家に居る事が最大のアクションなのです!!

一日、一秒でも早くこのウイルスを収束させるために行動しましょう!!

来年の春にはいつものウキウキ、ワクワクな気分が味わえますように……🙏🙏🙏

2019/10/28

「松戸の湯」で会った方からのい〜〜話

前回の記事で書いた「松戸の湯」で会った方から聞いたとても感動的な話を紹介します!

その女性のお名前をお聞きするのを忘れてしまった事は残念だ。歳の頃は60〜70歳位。

そもそもその風呂に入る際、「断水してないんですけど、本日、八街のボランティア活動をしてきたのでいいかな?と思いこちらのお風呂に入りにきたんです。」と、言い訳をした。その方は「私も同じです。今日は倒木の片づけでチェーンソーまで使わされました。ボランティアは毎日参加してます。」「ここのお風呂は気に入ってしまい一週間ほど通い詰めてます。」

毎日、ボランティア活動に参加するとは素晴らしい!私が感心すると彼女が話しだした。

彼女の住む松林地区にある少年サッカーチームは以前から塩釜の少年サッカーチームと交流(想像するに塩釜から八街に移り住んだか八街から塩釜に移り住んだか何かしらの関係があり交流するきっかけになったのだろう)があった。その後、2011年の東日本大震災が起こった。塩釜の少年からメールか電話かで八街の少年にお腹が空いたと訴えてきた。それをその親に伝えた。少年たちの親同士がそれに答えようと食べ物をはじめ物資を集め始めた。その情報が地域に口コミで広がり地域上げての支援になり塩釜に運んだ。その支援は何度か繰り返された。そうして、八街と塩釜の交流は地域間になり「行ったり来たり」交流と言う絆が生まれたそうだ。

交流の中で塩釜の福祉協議会か、ボランティア活動団体かの副会長をされているその道では経験豊富なリーダーさんを知り個人的にもすごく親しくなった方だそうだが、今回の台風15号にひどい災害を被った千葉県、特に交流のある八街も被害を受けた。そのリーダー、Aさんはいてもたっても居られなくなり即日、奥さんを伴い支援物資も車いっぱいに積んで八街を来訪。特にボランティアセンターを立ち上げる不慣れな八街福祉協議会を指導しに来てくれたそうだ。実はAさんは近年、ガンを患い闘病中だそうで体も痩せてきている中、体を押してわざわざ出向いて来てくれた方だった。

八街福祉協議会への指導は自費の泊りがけで3日間。おかげで被害を受けた4日後、9/13にはボランティアセンターを立ち上げるられた。

私が初めて八街のボランティアセンターに行った時に感じた八街が災害を受けて初めてのセンター運営が慣れている様はそんな素敵なエピソードがあったからだとわかった!

何度か被災地に出向いて、ボランティア団体に入られている方(9/29に一緒にビニールハウスの解体のボランティア活動された人)が同じように八街ボランティアセンターのスタッフや運営はスムーズで慣れている感を感じたとおっしゃった。

ボランティア活動を終え、センターに戻ったボランティアに対して大きな声で「ご苦労様です!」と気持ちよく迎えてくれるのもきっとAさんから教えられた一端かもしれない。

とても貴重で素敵なエピソードを教えてくださった《「松戸の湯」でお会いした方》にも感謝したい。

「松戸の湯」に入りに行った事は見聞を広めると同時に素敵な話を聞けたことで、体だけでなく私の心もすごく暖められた。



2019/10/22

自衛隊のお風呂「松戸の湯」

台風15号のもたらした災害で八街も被害を受けた。一番大変だった一つは長引く停電だった。最終的に解消したのは9月末くらいと聞く。上水道をひいているのは新興住宅地であとは井戸水が殆どだとか…井戸水は電気の力で上げるため停電になると断水してしまうのだ。幸い我が家は停電もなく助かった。そこで自衛隊の持つ入浴施設の登場となった!市の図書館、公民館の駐車場スペースに9月中旬に設置されたと聞いた。後日、河野太郎防衛大臣が視察に訪れたとニュースで知った!時折、図書館の前の道路を通ると「松戸の湯」という旗が挙がっているのを見た。何故に松戸の湯と言うのか?それは松戸駐屯地から派遣されたからだと後で知った。利用者は断水で入浴できない人が対象だと思っていた。もちろん原則はそうに違いない。ところが9/22に一緒にボランティア活動した方がそのお風呂に入ってきたと言ったのだ!えっ、とビックリ?何でも入るのに証明は要らないとか…冥土の土産かに災害時に観た自衛隊の風呂に入って見聞を広げたいからとの事。そう聞いても被害を受けていない私は後ろめたさで入れないと思う半分、地の持つミーハーの性分から凄く入ってみたい気が強くなる。

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ボランティアセンターのスタッフに聞いてみた。「自衛隊のお風呂って災害を受けた人以外でも利用できるんですか?」返事はいいんですよと。やった〜〜そうと聞いたら本日実行するぞ〰🤸

ボランティア活動したその夜、家族を誘うと皆、吊れない返事だ。こうなったら私ひとりで決行してやるーー〜

と言う訳で出かけた。すると「本当にやっているの」と思うほど駐車場に🚙が2台しかない。でもその施設からは灯りが漏れていた。恐る恐る近づくと自衛隊員さんが入口に立っていた!お邪魔しまーすと「松戸の湯」の暖簾をくぐる。


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中に入ると一人の方が入っていた。こんばんはーと挨拶をして横に座って体を洗い始めた。

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その方とのお話はとても素敵で貴重なエピソードなので新たに記事にしますので…

写真は上から

脱衣所、湯船、ふれあい?ノート、冷たい水飲み場、かわいい女性の隊員さん←「ご苦労様、そしてありがとう♥」

一時は混んでシャワー等2人で共用するほどだったと聞いていたが、停電は解消されてきたということなのかな?こんな設備の良いお風呂、もっと利用して欲しい! 

利用者があろうと無かろうと定時までは勤めてくれる自衛隊員さん等に申し訳ない気が凄くした。

自衛隊の皆さんにあらためて感謝したい!

ありがとう、ありがとう、ありがとう

m(_ _)m    m(_ _)m   m(_ _)m

最後の八街災害ボランティア活動

八街のボランティア募集は9月30日(月)までだった。最後の奉仕に9/29(日)に参加した。その日は農業用ハウスの解体の依頼。女性でもできる仕事との事。後から来た女性と一緒に私の🚗で向かう。実は第1陣で2名の女性がいらした。依頼主から作業内容を聞いて用具を借り、更に先にいらした方がその要領を説明してくれ開始。まずは中途半端に付いているビニールハウスのビニールの取り外し。ビニールハウスって意外としっかり作られているのを知った。1番下にビニールをシッカリ留めているウネウネしたワイヤーを横に引っ張って外す。外すときは結構力が必要だが一旦外れるとスーっと引き抜けた。それが快感に感じた。その丈夫そうなハウスが横風でひしゃげられている。意外と新しいハウスの方がその被害に合いやすかったという。密閉性が仇となったのだろうか?昼になり休憩時間。先にいらした女性の内1名が午前で帰られ、残った方とお話しした。相馬とか書かれた紺の法被風な物を着ていらしたので「福島からいらしたんですか?」と尋ねると「いいえ、東京からです!」との事。なぜ相馬なのかを尋ねると今現在も定期的にボランティア活動に行くそうだ。どんな作業かというと、年寄りの多い地区で色々な日常に必要な要望にその都度答えているそうだ。聞くと、熊本、広島等のボランティアもされたそうで何かボランティア団体に入られているとの事。素晴らしい!山武市のボランティアも今回されたそうで、八街の福士協議会のボランティアセンタースタッフは手馴れた感があったそう!八街が災害に合うのは初めてなのに??なぜ(?_?)

実はこれには私はある方からそのいきさつを聞いていてその方に伝えた。そのいきさつは新たに後日談として記事にあげるつもりだ。しばしお待ちくださいね〰

午後も午前と同じ作業をして今度はいよいよハウスの骨組みを留めている器具の取り外しに入った。金槌を用いトントンカンカンにぎやかな響きが始まった。釘では無いので反対側から打てばスポンと外れてこれまた爽快感がある。午後3時半を過ぎてボランティアセンターに帰る時間となる。まだまだやる仕事は残されているのに…後ろ髪惹かれつつ依頼主に挨拶をして帰る。その際、依頼主が感謝と共に養鶏場(卵を生産している)の新鮮な赤玉子と栽培されているオクラをくださった!!大したことしてないし災害に合われて大変なのに丁寧な対応にこちらも恐縮だ。私の🚗でセンターへ。いつもそうなのだが、センタースタッフは帰ってくると大きな声で「お帰りなさい、ご苦労さま〰」と気持ちよく迎えてくれる。そして、ねぎらいのお菓子や飲み物も差し出す。チョッと休憩したあとグループは解散。その日は誰かが差し入れしてくれた手作りカステラがありそれまで頂いた。その後、グループは解散した。あるスタッフに尋ねてみた!

「明日でボランティアセンターは終わるけどまだボランティアして欲しい方はたくさんいると思いますが、それ以降はどうするのですか?」

その返答はこうだった。

「登録されている市内のボランティアさんに電話をして、都合を伺い依頼します。」とのことでした。私はある程度は納得した。

帰りに相馬の法被を着ていたSさん(既に着替えされていたが)に駅まで送ると声をかけた。「昨日より一本早い電車に乗れるわ。」と喜んでくださったことは嬉しかった。これからもボランティア活動、気をつけて頑張って欲しいと願う。

2019/09/29

再訪 八街・災害ボランティア

9/22の日曜日に再度、災害ボランティアをしに午前中から八街のセンターを訪れた。

待機所で20分ほど待つと声がかかった。被災者宅の災害ゴミを選別しクリーンセンターへ搬入する作業だ。市からは2台の軽トラックが提供された。そのうちの1台はダンプのように操作で後ろの荷台が斜めに上がりゴミが排出されるタイプ。私以外は3名の男性、計4名であたる。そのうちの2名は社名?の入った作業着を来ている。「どちらからいらしたんですか?」「大阪です!」「えーっ」「でも仕事で八王子に来ていたので」と言う。八王子からでも相当な距離だ。その熱い気持ちに感謝、感謝だ。建築関係の方だった。必要と思われる道具も借りるのだが「一切要らない、持ってきています」頼りがいの有る助っ人だ。2台の軽トラに別れて依頼主宅へ向かう。私が載った軽トラは佐倉市から借りた物で相当年季がはいっていて走行距離10万キロ近く。お負けにギアがマニュアル方式で更に各ギアが入りづらい。運転のYさんは難儀されていた。ギアを変えるたびガクンガクンと今にもエンストするのでは?ハラハラした。

被災者宅への道中、Yさんと話をする。話題はやはり台風関連。お互いの被害(幸いに殆ど無い)、ご近所の被害等。Yさんは知りあいの屋根瓦を直したとの事。その中にへえー、さすが!?と思われるエピソードが…

Yさんはお隣の山武市に土地を借り家庭菜園をされていて台風の被害がないかと其処へ出向く。予想はされたが倒木で道が塞がれていた。その状況は想像以上で左右からの倒木が山の様に折り重なっていて、車を降りてチョッと見た所、相当な距離それが続いていた。解除されるには1ヶ月以上かかると思ったそうだ。ところが、それから2日後、あっと言う間にその道が通過できるようになったと言う。

Yさんが想像する。先日、新しい防衛大臣の河野太郎氏が八街、山武での自衛隊の活動を視察に訪れた。私はネットニュースで知っていた。八街では自衛隊のお風呂を、山武ではまさに倒木等の撤去をしている生の活動を見た。それを見た河野大臣の鶴の一声で自衛隊が必死に動いたんではないかと??そうかも?河野氏の人柄からあり得そうだ!私も納得してしまった🤯

その後、依頼者宅に着いた。当日の仕事は災害ゴミの分別と運搬。ところが既にご自分で仕分けされていて後はクリーンセンターに運ぶだけとなっていた。その上、冷やしたペットボトル飲料を用意されどうぞと!ただ運ぶだけなのに頂くのは申し訳ないと断るも持っていくようにと強く押せれて頂くことに…その方の自宅は屋根にブルーシートがひかれていた。雨漏りでその下が台所だったらしく、冷蔵庫をやられてしまったとの事。倉庫等も風で被害を受け、使えなくなったゴミが出たと言うわけだ。クリーンセンターに行くと、新しく奥に災害ゴミ置場ができていた。瓦の山、畳の山、倒木や枝木も積まれていた。午前中はそれで終わり一旦、ボランティアセンターに戻った。私と一緒の人は活動報告されて帰られた。大阪からの建築関係の方は外にお昼を食べに行くそうで、午後も一緒にやりましょうと声をかけて出ていった。半日で仲間意識のような気持ちが生まれたようだ。嬉しかった。ところが、彼らが帰る前に新しい仕事が依頼され、午後は若い人たちに交じることに!彼らに挨拶出来ないまま、ある個人で経営されていた仕事場で出た災害ゴミの運搬の仕事に行くことになった!午後もクリーンセンターへゴミ運びとなった。男性3名女性3名で。これも比較的すぐ片付き早めの上がりになったのだが…………車出し(自分の車を)での活動に女性3名が駆り出された。災害にあった方の家内の清掃に使う掃除用具をホームセンターに買い出しに行く仕事。私が車出しし、他の2名を乗せて日頃利用している店へ。3人で手分けして指定された物を探し出す。手渡された金額の範囲内になる様に途中途中、総額を確認しながら。小1時間程で戻れた。時刻は4時を回っていた。流石に本日の作業時間は合計すると長くなり疲れた。帰りがけ、自宅の夕飯の食料を買って帰るが本音は作りたくない気分。自分の意志で参加したのでしょうがないが、やっぱり主婦はつらい😩😵👎






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