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2014/08/23

東田直樹さんの番組、再放送します!

前記事に書いた自閉症の「東田直樹」さんの番組が再放送されるそうです!

とても感動的です。前回、見ていなかった皆さんに是非見ていただきたいと思います。

再放送の期日&時間

8月28日(木) 午前1:30~2:30 一部地域を除く

9月13日(土) 午後3:05~4:05 

8/28日は夜中の放送です。録画をお勧めします。

その時間に無理な方は是非、録画してでも見ていただければ幸いに思います。

2014/08/19

自閉症の僕が跳びはねる理由 東田直樹さん

8月16日(土)の夜、ドラマを観終わって、何の気なしにチャンネルを変えたら、自閉症の若者がパソコンのキーボードを打ち、自分の思いをつづっている場面を目にしているのを見てその番組に引き込まれてしまった。

番組タイトル「君が僕の息子について教えてくれたこと」(NHK)だった。その若者は「東田直樹」さん(22歳)。会話のできない重度の自閉症。といっても、人の会話をきちんと理解している。訓練によって、彼はキーボードや文字盤を使って自分の思いを伝えることができる。

自閉症の僕が飛び跳ねる理由」というエッセイを13歳の時に執筆、出版。その他に詩集や絵本など14冊あるという。絵はカラフルな色を使用し、その絵もうまい。その才能にも驚かされる。番組内では自閉症の研究をしている先生を訪問。本人納得の上、脳のMRI撮影をした。その結果から、会話を司る脳が途中途切れているいることがわかるが、正常者よりも大きく発達した表現を司る脳があった。先生曰く、「足りない部分を補おうとして他の部分が発達しているのではないか?」。脳=人間にはそんな能力があるのだ?と彼の才能に納得した。

ところで、8年前に出版したその本「自閉症の僕が跳びはねる理由をイギリスの作家デビット・ミッチェル氏が読み、翻訳したのを機にイギリス、アメリカでベストセラーになっていて、すでに20か国に訳されて出版されているという。実はデビット氏の息子も自閉症児だそうで、彼は以前日本に住んでいたこともあり日本語が読めたことも幸運だった!デビット氏はこの本がまるで息子が発っしているように感じ、息子の事をとても理解できるようになったという。番組名はデビット氏から見たタイトルだったのだ。

番組ではアメリカとスウェーデンの自閉症の子を持つ家族を紹介。東田さんの本を読んで、自分の子供の心が理解できるようになり、喜ぶ様子を伝えていた。

自閉症にもたくさんの症状があるが、共通して言えるのは「じっとしていられない、大きな声を突然発する、相手の目を見ての会話ができない、ある種の物にすごく執着・こだわりを持つ。」等がある。東田さんもしかり。自分でも制御できないと言っていた。

その後、ミッチェルさんは東田さんに会うため訪日する。そして、会話をした。「わたしは息子にどうしたらベストになるんですか?」東田さんは「今のままで大丈夫。今のままを続けてください!」と。

また、東田さんはニューヨークの医療機関の依頼で渡米。長い飛行時間、じっとできない彼にはつらいのだが、自閉症患者やその家族のためを思い決断した。「自分のために家族は泣かないで欲しい。笑っていて欲しい。」と言う言葉がとても印象に残った。講演は大成功。取材されたアメリカのご夫婦も聞きに来ていて、講演後に本人と会話。記念撮影も収めていた。

彼の本が訳され、世界中の自閉症患者とその家族の多くが救われている。そして、東田さん自身もそれをとても喜びに感じている。健気にキーボードを打ち続ける彼の姿に涙があふれて止まらない。今も記事にしながら涙ぐんでいる私がいる。

自閉症の事をほとんど知らなかった私。この番組ですごく勉強させられた。
 

最後に、直樹さんの傍らにいつも笑顔で座っているお母さんにも大きな拍手を送りたい。直樹さんもそうだがそれ以上に根気強く彼を理解し、導き、才能を伸ばすには相当なご苦労があったことでしょう!私にはできない、きっと!すごい!素晴らしい!!!

こんな素敵な番組を是非、ゴールデンタイムに再放送をしていただきたい、NHK様。

そして、見落とされた皆さん、機会があればぜひご覧になってみてください!

You tube にもあるかもしれません。

東田直樹さんのブログ

http://higashida999.blog77.fc2.com/blog-entry-848.html#cm

2014/04/13

田部井淳子さん講演会②

③おそらくこの日の演題「人生は八合目からがおもしろい」。ここが本題になると思う。田部井さんは現在74歳。とても若々しく見える。が、この講演会では全く触れられていないが、数年前には「余命3か月」と言われた癌にかかっていたと云う。持ち前のバイタリティーとポジティブな思いから癌を克服されて今現在、精力的に活動されている。

講演の中で田部井さんは、「私は女性の平均寿命まで生きるつもり!」とおっしゃっていた。そこから、現在の年齢は人生の八合目あたりに当たるんじゃないかと私は感じた。限られた時間を豊かなものにするには人生大いに楽しまなきゃということで、今は世界のそれぞれの国の最高峰を登ることにチャレンジ中。60ヶ国は制覇したそうだ。

田部井さんには山登りの女性仲間がいる。彼女たちは様々な社会で確かなキャリアを持つアクティブな女性ばかりという。

田部井さんには日頃から登山以外にもやってみたいことの一つに「シャンソンを歌ってみたい」という希望があり、ある日、そんな仲間にシャンソンを教えてくれる先生を知らないかと尋ねたところ、

「シャンソン?いんじゃない!」 それなら「私も習ってみたい!」 「私も」 「私も」 と仲間数名が一緒に習うことになったとか!習い始めて1年も経つと、誰かが「ただ習うだけじゃダメ。人間は目標を持たなけりゃ!」と言いだし、「コンサートを開かない?」とあれよあれよという間に決定したという。たった1年半習っただけの素人がコンサートを開くなんて怖いもの知らずよねと言うことで、タイトルは「怖いもの知らずの女たち、一度は歌ってみたかった」としたそうだ。

素人のコンサートに来てもらうための作戦開始。まず、会場選び。人に来てもらうにはおいしいものをつけなけりゃ、ヘタな歌もうまく聞こえる音響のよい場所と毎週のようにホテルに通い食事をし続ける日々。そして、会場も決まり、当日の受付には耳栓を無料で用意したとか・・・。(笑)

このコンサートは皆のお世辞に乗っかって3回も行ったそうだ。あるとき、聞きに来ていた山と渓谷社の編集長からこのメンバーやコンサートのことを本にしたら面白いんじゃないかと言われ、友人で人物像を書くのがうまい作家、吉永みち子さんに頼んだところ、「いいけど、ひとつ条件がある。私にも一曲歌わせて!」ですって。本のタイトル「怖いもの知らずの女たち」は好評で、すべて売れ切れ。文庫本として今は出されているとか!読んでみたい。

先日、「東北の高校生の富士登山」へ寄付を送金したところ、お礼の手紙と一緒に「東北応援の夕べ 怖いもの知らずの女たち」のパンフレットが送られてきた。聞きに(観に?)行ってみたいと興味をそそられている。

④最後にプロジェクターを使って、エベレスト登頂とエベレストの現状を見せてくれた。

40年前、初めてエベレスト登頂に挑戦した世界で初めての女性だけの隊15名。実際に山頂まで登ったのは一人、それが田部井さんだ。4年の歳月をかけて計画、現地には5か月かけて、資金も思ったほど集まらずその当時で一人150万の個人負担で切り詰めに切り詰めた貧乏登山隊だったそうだ。なにせ、シェルパやポーターの数を聞いて驚いた。600人近く。一人最大30キロまでしか運べなく、当時の酸素ボンベの重さは一本、10キロはあったという。その他、何か月もの食料、水も必要。さらに最大の窮地はもう少しと言うところでキャンプが大雪崩に会い、田部井さん自身も助け出され、九死に一生を得た。隊員の多くがこの事故で負傷。誰もが登頂を断念すると思っていたのに、不屈の挑戦を続け、ついに世界で女性で初めてのエベレスト登頂に成功した。

その後、エベレストに挑戦するチームは年々増え続け、登山隊の渋滞が起こるほどになっり、山が荒れだした。ゴミが散乱(写真では酸素ボンベがたくさん、食料にした空き缶等も目立つ)、排泄物の垂れ流し等、環境が問題化した。田部井さんは、九州大学大学院 比較社会文化研究科 に入って、(研究テーマ:エベレストのゴミ問題)に取り組んだ。その間に何度か現地を訪問。荒れた山の再生に取り組んだそうだ。また、温暖化でずいぶん氷河も溶けてしまったそうだ。それは田部井さんの写真からも歴然にわかった。過去の あるベースキャンプの雪と最近の写真では地肌が黒々と見える範囲がほとんどを占めている。トイレに関しては簡易トイレが設置しつつあるそうだが、まだ問題は一掃されていないとか!ゴミは簡単に持ちかえれば良いと素人では思うが、何十年も蓄積した膨大なゴミを高地から下すのにも相当な費用が掛かるだろうことは想像される。人間ってほんと勝手だと強く感じた。登山関連の団体すべてに、少しづつでも環境の再生に努めてもらいたいと願うばかりだ。

1時間半の講演は面白くってあっという間だった。後ろの席にいた方は「楽しかったからもっと話を聞いていたいな~」と隣の方につぶやいていた。私も同感。

やっぱりすごい人は何事にもすごいな~。世界最高峰、世界七大陸最高峰を制覇。今度は世界の国々それぞれの最高峰を制覇しながら、がんも克服。合間に東北支援、シャンソン、講演会、エベレストの環境問題等に取り組まれているなんて、並みの人間ではないと強く感ずる。田部井さんにたくさんのエールを頂いた。元気が湧いた。そして、ますます田部井さんが好きになった。

田部井淳子 オフィシャルホームページ http://www.junko-tabei.jp/index.html

田部井淳子 ブログhttp://smcb.jp/_ps00?oid=3707

2014/04/07

人生は八合目から 田部井淳子さん講演会

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関東圏では桜の満開も過ぎ、昨日の雨と本日の強風であっという間に散り始めている。

(はな)の命は短くて苦しきことのみ多かりき   

この詩は作家 林芙美子が色紙に好んで書いたものだそうだが、今の日本にも言えそうだ。綺麗な桜の花はあっという間に散ってしまい(楽しみはあっという間に終わってしまう)、後は消費税やその他の増税・減額等で国民にとっては苦しいことのみ多くなっていく。今年の春の陽気にウキウキするのは植物や生物だけかも・・・。

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タイトルからは外れた話題でうれしくないものとなってしまったが、ちょっと前に(1か月半位)八街で登山家の田部井淳子さんの講演を聞きに行った時の内容を紹介しようと思う。その話はとても楽しく、勇気づけてくれたものだったから。

八街の福祉協議会主催で福祉に努められた方々の表彰式の後の記念講演として毎年著名人を呼んで開かれている講演だ。数年前にはオウム真理教の取材を深くなさったジャーナリスト・江川紹子さんもいらしてブログ記事にしたのを覚えている。

写真は我が家の猫たちのひなたぼっこ(昼寝かも?)としだれ梅

田部井さんにはTV等の出演時の受け答えに日頃から好意を感じていた。ステージに現れた田部井さんはエベレストを制覇したと思えぬ小柄な体。私の話なんかで役に立つことがあるかどうかと思いますがと謙遜したことわりを入れられて話し出すと、それが笑いも交えた流暢なしゃべりで楽しく、さらに好感が持てた。

演題は「人生は八合目からがおもしろい」。講演は簡単に4つの内容から構成されていて、①NHKでの登山番組の裏話 ②福島復興のために田部井さんが取り組んでいること(田部井さんは福島県出身) ③登山仲間と習いだした「シャンソン」の取り組みの事 ④エベレスト登頂までの写真紹介とエベレストの現状 だった。

①夏の北アルプス あぁ絶景! 雲上のアドベンチャー(2009年、NHK)

登山歴1年の内多勝康アナウンサーと共に、夏の北アルプスを3週間かけて縦走する模様を描いた紀行番組

 当時、放映されているのをチラと見た気もするが登山にまだしっかりとした興味がなかった時期で見ていなかった番組だ。初心者に近い内田アナウンサーとともに天候に左右されながら踏破した60㎞もの長い縦走の旅。苦労と感動の連続だったとか・・・。田部井さんが山に行動食として毎回用意する「干し柿」をおいしそうにほおばる姿が、視聴者に二人の好物と印象付けてしまって、その年の暮れには全国各地からその土地その土地の干し柿が大量に届いたとか(会場では爆笑)。また別番組のルー大柴さんを登山初心者として迎えた登山入門編では、ルーさんのことを会うまでは外人さんと思っていたこと、ルーさんの持ちネタの会話に英語をちょこっと入れる話し方に「変なおじさん?」と感じていた田部井さん。慣れたらちゃんとそのネタに返しができるようになったこと。裏話にさすが芸人さんと感じたのは登りはカメラが回っているのでやたらよくしゃべるけど、下山にはカメラがないので無口になるとか・・・逆に田部井さんが気を使ってしゃべりかけるようにして下山の方が疲れましたとこぼしたこと。楽しい裏情報を聞いてこの番組を是非見てみたいと強く思った。(NHKアーカイブスからなんとか探し出してみたい)

②福島出身の田部井さん、東北大震災後幾度か、被災地訪問をした際「何もしない、できなくて毎日を過ごすのは結構きつい」という被災者の声を耳した。それなら、皆を外に出かけるきっかけを作ろうとハイキングを企画したそうだ。(移動はご自身が持つバスと運転手は旦那様) 第1回目は福島・裏磐梯の五色沼散策。着の身着のままの被災者でも普段のままでハイキングができる場所を選んだそうだ。被災者は海岸沿いに住む方ばかり。同じ福島内でも意外と山中の五色沼を訪れたことがない方が多かったとか・・・大好評のうちに終えたそうだ。それからは皆、「次はどこへ行くんですか?」と楽しみに待つようになったとか。そのため1~2か月に1回のペースで今も続けているそうだ。関東にも福島からの被災者が避難しているので各月で行っているとか・・・。

また、人生はこれからという若者が家族を失い経済的にも大変で、夢を失いかけていると感じ、復興を担う若者を元気づけたいと、特に高校生に焦点を当てて富士登山を企画。費用は無料。田部井さん自身の人脈から資金集めに奔走しなんとかバス1台分50名位を招待できるまでにしたそうだ。登山ガイドその他のスタッフはすべてボランティアで。それは今年で3年目を迎える。富士山登頂を制覇した高校生は途中くじけそうになりながらも達成感を持ち自信をつけ前向きになる感想が多く書かれていたそうだ。この会場でも高校生を富士登山へと募金を募る振込用紙が用意され後日、わずかだが送らせていただいた。
ハイキングや登山って、まさに田部井さんらしい田部井さんだからこその復興支援だと感心した。

続きは講演会②で書きます

2005/10/07

友輝君への募金の経過報告

先日、「友輝君を救ってください!」という記事を載せました。それを読んで賛同していただき、ご協力していただいたというコメントがいくつか寄せられました。ご協力いただいた方にはあらためて感謝申し上げます。

本当にありがとうございました!<(_ _*)>

10月3日現在の募金総額  ¥50,063,351(目標額6000万)

日に日に募金額が増えております。あと、もう少し。1日も早く渡航させて、手術をうけさせてあげたいものです。

「友輝くんを救う会」HP

2005/09/23

☆ちょっといい話☆

ちょっと前の学区の運動会での話。我が家は今年から小学生がいないので、関係ないんですが、親しくしてるお隣さんSさんの娘さんが、マーチングバンドの指揮者に選ばれたと聞き、応援に出かけることに。実は、このお子さん、私の塾の生徒さんでもあるんです。

marching_band 彼女は、この指揮者に選ばれた後、以前のビデオや資料を渡されて夏休み中に勉強するようにと宿題を出されたそうです。また、夏休みの後半からこのバンドの練習が始まり、休み中でも学校へ何度か通ったそうです。9月に入って追い込みの練習となり、先生方にいろいろ指導を受けると彼女の中ではますますプレッシャーがかかったようで、その子のお母さんがこぼしてました。「今日も食欲なくて、朝ごはんほとんど食べていかなかったんだ!」と。「気が強いように見えて、内心は繊細で弱い子なんだ~。」選ばれたことはうれしいけど、心情を考えると親としては気が気じゃないということで、私も同じ立場だったら、全く同じ気持ちになってるだろうと思う。

hu-tyan運動会の当日、プログラムは午後の一番の出。楽しいはずの家族との昼食もほとんど手をつけなかったという。赤いコスチュームに着替えた彼女を見かけたので「応援に来たよ。がんばってね!」と言うと、「来なくてよかったのに~っ!」って。実際、彼女の心臓はバクバクだったに違いない。その気持ちも良くわかる。でも、逃げ出すことはできない。精一杯、演じて欲しいと願うしかない。syusiki

いよいよ、始まりの時間。Sさんと私は、撮影の為のベストポジションに移動する。Sさん家 はこの日の為に最新式のビデオを購入したと言う。Sさんのご主人は反対側のポジションへすごい望遠付きのカメラを持って。そしてついに彼女の笛と指揮の合図で、まず校歌の演奏が始まる。後ろからは指揮は落ち着いてるように見える。続いて、演奏しながら、彼女が先頭でバンドが動き始める。彼女は本部席前の台に上がる。これからがしばらく彼女の独壇場。小太鼓の小刻みな連打音の中、指揮棒をバトン代わりにクルクルと回し始める。右手左手と持ち手を替え器用に回し続ける見事な手さばき。その上、左右の足を交互に少々上げてその下にバトンを8の字にくぐらせる技は圧巻。その後、バトンをつかむ位置が端の方にずれ、一瞬止まりそうになるハプニング。

思わず、「Hちゃん、がんばれ~(心の声:バトンよ、落ちないで~)!」と比較的大きfrag_playingな声を 出してしまった!彼女何とかこらえてバトンを落とすことは免れ、ホッ。その落ち着いた様子に感心する。その後もあわてることなく彼女のみの演技は終わった。

erityan_to_2syhot それから、指揮と演奏に合わせ、旗を持った子供たちの演技があり、最後は観衆の目の前をグランド1周の行進をした後、退場門に消えていった。その間の指揮は気のせいか胸を張って堂々と見えた気がした。私は一般の人以上にいつまでも長く拍手を送ってました。彼女のがんばりにすごく感動させてもらったから。これで彼女はこの経験ですごく成長したことでしょう。自分の子にも経験させたいくらいだ。

撮影を終えて、ほっとしたSさん。彼女はタオルで目頭を拭いていた。それを見た私は、それにまたもらい泣きをしそうになった。そして、Hちゃんが今夜の夕飯で「お替り!」って言う姿が浮かんできた。今年は、自分の子供ではないけれど、違った意味で良い運動会を見せてもらった。

余談です。それに引き換え我が家のバカ息子(次男)、午後2時の予定で卒業したばかりの生徒の参加競技が在りそのため友達とやってきてたのに、近くのコンビニに行っていたらしい。プログラムの進行が予定より早く進んでいたため、2時近くににやってきたときはすでに競技がグランドの真ん中で始まっていた。私と友達は自分の子を目を凝らして捜していたがいそうにない。そんな時後ろから声が。「俺ら、参加してないから。」何やってんだよ~。情けない。でも、これには落ちがあった。その夜の会話です。

私:「参加してたら、どんな参加賞もらえたんだろうね?どうせ、たいしたものじゃないだろう   けどね!」(小学校の関係の方、ごめんなさい)

次男:「ボールペンだよ。」

私:「どうして知ってんの?誰かに見せてもらったの?」

次男:「俺、貰ったから。」

私:「誰かから?」

次男:「皆が貰うとき、その中に紛れ込んで貰って来たから。OOなんて、他の学校の卒業生なのに、一緒に貰ってやんの!」

なんと!ずるがしこい奴。こりゃ、相当悪い奴になるな!と思いながら、内心では世の中でたら逞しい奴になるな、こいつ。と思う私は子供以上に大馬鹿な親です、ごめんなさい。

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